ベトナムとカンボジアで思ったこと

遅めの夏休みを取り、先週ベトナムとカンボジアに旅行に行って来ました.
先週末には帰国したのですが,たまった仕事を片付けるのと,急に秋めいた日本との寒暖の差に風邪をひいてしまい更新が遅れてしまいました.
 相変わらずの日本に帰国早々意気消沈,風邪ウイルスの付け入る隙を与えてしまいました.

ベトナムはハノイでホーチミン廟やホーチミン博物館などを見学.
カンボジアはアンコール遺跡群にいきました.

 ホー・チ・ミンについてあまり勉強していかなかったのを後悔しましたが,展示されていたホー・チ・ミンの発言を読むと,なんて格調高く,普遍的で,わかりやすく,愛情に満ち溢れている言葉なのだろうかとため息が出てしまいました.彼は共産主義者ではなく、もっと柔軟で具体的で普遍的なものを思い描いていたんだろうなと思えました.
 彼の住んでいた家からは,物事は思索から始まるということを訴えかけられているようでした.
 彼の写真からは,品と鍛錬と人間愛それから啓蒙という言葉を投げかけられているようでした.

 市内の喧噪も,自動車ありオートバイありシクロあり歩行者あり、みんなが思い思いの方向へ,思い思いのスピードで(と言っても時速30キロ以下なのですが)走り,管理社会日本から来ると,羨ましく思われました.
 ホー・チ・ミン主席のポスターを大量に扱っているお店があり,コミュニストだったのかな?数名の西洋人が一生懸命選んでました.
 それからホアロー収容所や革命博物館の展示パネルには,第2次大戦時の植民地支配に対して、French colonist, Japanese fascistと明確に区別されて記載されていました.決して日本がcolonistからの支配を解放しに来たなどといった記載はありませんでした.むしろホアロー収容所ではjapanese fascistによる拷問についても書かれていました.自虐史観とかいって歴史を歪曲してはいけません.

 アンコールでは仏教やヒンドゥー教について教養がないことを痛感しましたし,市場というのはすごいなーと改めて思いました.これは善悪の問題ではなく、ある意味必然なんですね.その上でどのように対峙していくのかという問題なんだなーと思いました.(ちょっとフィデル・カストロの受け売り・・・)

 そして何よりカンボジアで感じたことは、「平和が全ての大前提」ということです.内戦が終わってシェムリアップはホテルの建設ラッシュで、大勢の観光客が訪れていました.現地の経済も上向いています.もちろん格差が生まれたり,外資が多くの利益を独占している現状はありますが,これから改善していける問題です.事実、私たちのガイドは朝6時からお寺で日本語の勉強をし,夜8時頃までガイドをしてくれ,その後大学で授業を受けているそうです.勉強して自分をそしてカンボジアを良くしたいと意志に意欲している姿が印象的でした.
 
 恵まれた環境にいる私たちも,意志に意欲する姿に学ばなくてはいけません.
 そしてホー・チ・ミンの思索と鍛錬に学び,希望を抱き続けなければいけないのだと教えられた旅行でした.

 
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by pantherH | 2005-09-28 01:00 | 社会
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