靖国判決に思う

本日大阪高裁で,小泉首相の靖国参拝は,憲法第20条第3項「政教分離の原則」に違反する行為であるとする判断を下しました.この判断に対し私は至極妥当だと考えます.

 靖国参拝是非に関する問題点は,「政教分離の問題」、「戦争責任の問題」,「侵略された国の遺族感情」,「日本の遺族感情」の4つの問題があると思います.

 小泉首相の「日本のために戦死した人々に哀悼の誠を捧げる」ための参拝する姿勢は,他の3点を無視し、最もイメージに訴えかけやすい「日本の遺族感情」のみに靖国問題を矮小化しています.他の3点について 「熟考」すれば、公人たる人が靖国に参拝することは、「憲法的」にも「道義的」にも許されるはずがありません.

 しかし、「政教分離の原則」に違反するか否かという判断がなされる際に、いつも問題にされる「公人か私人か」という点に関していつも疑問を感じてしまいます.そもそも内閣総理大臣に「私人」としての権利なんかあるのだろうかと.トイレにいったり夢精をするプライバシーはあるかもしれないけれど,誰かに会うというごく単純なことでさえ,私人としての個人以上の意味がそこには存在すると思います.,民主主義として、権力者のプライバシーは制限されるということは国民を代表している以上当然であるという認識が欠落しているような気がします.

 さらに、靖国神社は民主主義を否定する象徴であり,そこに参拝する国会議員の数と民主主義の成熟度は逆相関する気がしてならないのです.

 また、今回の小泉郵政解散は違憲の可能性が高いといわれており,やはりこの点に関し訴訟を起こす有益性はあるのではないかと感じました.公職選挙法によると投票日から30日以内に高等裁判所へ訴訟を起こす必要があるようです.
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by pantherH | 2005-09-30 22:13
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