カンボジアで思った事2

 先日旅行したカンボジアで、絵はがきやミサンガを買ってくれとやって来る子供たちに沢山出会いました.最も悲しい気持ちになったのは,トンレサップ湖で船に乗っていると,5歳くらいの小さな男の子が、小さな金だらいに乗り,小さなオールで漕いで,1ドル,1ドルと物乞いをしにやって来るのです.船が通過すると波が高くなり,小さな金だらいに水が入り,それを必死で掃き出しながらまたやってくるのです.悲しい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいでした.
 彼らに金を上げると自立を阻むんじゃないか・・・,1ドルなんてそこら中で自分は浪費してるじゃないか・・・,あげるとなると一人だけでは済まなくなる・・・,いや一人でも今日の生活が楽になるのならあげてもいいじゃないか・・・,などなど様々な思いが頭をよぎりましたが,私は結局何もしませんでした.
 船を運転していた男の子も湖岸にある学校を通過する時,きっ、と学校に背中を向けていました.
 自分はいったいどうすべきだったんでしょうか?いまだ答えは見つかりません.

 自分がどうすべきかという点は棚に上げて,そのとき,国の借金が1000兆円あろうとも,ODAは日本の使命だと痛感しました.ひも付き外交とさんざん非難され,日本の借金の一端でもある事は郵政民営化の議論の中でもよく言われてました.最近ではこんなに借金があるのだからODAは辞めるべきだとか,「ひも付き外交」に変わって「国益」という言葉が当然のごとく用いられ、「戦略的ODA」などと言われています.本来戦略的ODAは日本の平和外交のためい用いるべきもののように思いますが,国際競争力と言う言葉にくるまれて,ひも付きである事が当然視されています.
 日本がアメリカのグローバリズムの支配下に置かれかねないこの状況は看過できませんが,同時に日本も対外的にはかなり新自由主義的なスタンスではありませんか?
 「日本をアメリカの新自由主義から守る」という言葉と同じ地平に,途上国の「日本への尊敬を裏切らない」ために「途上国を日本の新自由主義から守る」があることも意識しなければと思いました.
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by pantherH | 2005-10-08 01:52
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