危機感の共有

 反小泉ブロガー同盟には、今のこの危機的状況に際し、情報や思いを共有し、なんとか一致点を見つけて一緒に声を上げていこうという趣旨があったと思うのですが、共産主義とは何ぞやと言った難しい議論になってしまい、少し残念に思っている次第です。

 私の共闘への期待と可能性は、先の参議院選挙における沖縄での、糸数慶子さん、沖縄社会大衆党副委員長の当選にあります。
 糸数さんの勝利を振り返ったとき、基地を押し付けられ、いっこうに基地の負担軽減が実行されない沖縄特有の条件があったから実現したのでしょうか?あるいは、沖縄社会大衆党という沖縄独自の政党があったから野党が共闘したのでしょうか?米兵による少女暴行事件があったからでしょうか?糸数さんという、稀にみる逸材に恵まれたからだったのでしょうか?そんな、沖縄限定の特殊事情だったからなのですか?

 違うでしょう。危機感の共有だったはずです。

 先日の在日米軍再編に関する中間報告では、自衛隊と米軍の基地共有、自衛隊による米軍の後方支援活動など、大幅に米軍と自衛隊の協力関係が強化されています。また、普天間基地の返還、名護辺野古沖基地移転問題も名ばかりで沖縄への基地の固定化、老朽化した施設の移転にかこつけたリニューアルという内容ではありませんか。こういう表現は沖縄の方々に失礼極まりないのですが、既に、問題は沖縄に限定したものではなくなっているはずです。
 日本全土に米軍が展開しうる2+2の方針。憲法9条を事実上形骸化させる自民党憲法草案。郵便貯金の外資流失を促す郵政民営化。消費税の大幅増税。

 これでも、危機感を共有できないとしたら、あるのは絶望だけじゃないですか。

 私の好きな韓国の映画監督、イム・グォンテクの「太白山脈」という大東亜戦争と朝鮮戦争を描いた映画があります。第三者的にその歴史を見続けた先生の台詞に、「右も、左も間違っていた。どちらも人を殺し過ぎた。」ということばがあります。また、監督もインタビューで、「イデオロギーは、人から生まれ人の為にあるはずで、それが人を離れてなされたときには、理想も夢も存在することはできないだろう。あの時代、左も右もすべては人間不在のイデオロギーに帰結していき、本当に擁護して尊重されるべき真の理想を失ってしまったのではないだろうか。むしろ、それが困難な時代を懸命に生きようとした多くの人々に、癒すことのできない大きな痛みだけを植え付けさえした。」と、述べています。

 私たちは、攻撃性を封印し、今危機に瀕さんとしている「民主主義」をまもるために、手を取り合わなければいけないのです。
 そして、糸数さんが勝利したとき、共産党も社民党も民主党も社大党も沖縄県民も、そして共闘に希望を抱いている日本国民が喜んだことを、思いだして欲しいと思うのです。
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by pantherH | 2005-11-07 23:20 | 社会
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