やれやれ(2)

 とりあえずさんが反小泉ブロガー同盟主催、「輝け、小泉名言大賞」(企画案)なる、楽しげで、かつ小泉政治の本質を鋭くえぐるナイスな企画を提案されました。記事を読みながら、私にもエントリーの資格があるのだろうかと読み返しながら、うーん「小泉語録かー」なんかいいのなかったかなーと、思案を巡らしておりました。
 
 そんな矢先の出来事に、またしても、やれやれpart2 です。

 例の件で、同盟を去った私ですが、その後繰り返される愚行の度に、腑が煮えくり返る思いでおります。当時、多くの野次馬が例の経緯に興味津々で、普段30にも満たなかったブログのアクセスが300にも跳ね上がる状況下で、批判めいた記事をエントリーするのは、反小泉ブロガー同盟にとっても私自身を守る為にも得策ではないと思われたので、沈黙を守ることにしました。今でもその件に関しては一切を明かすつもりはありませんが、その後も同様の事が繰り返されるに及び、当時沈黙したことが、ここまで根を深くしてしまったのではないかと思わずにはいられません。

 911選挙以降、危機感を募らせてブログを始めた人々の、柔軟で前向きな行動をつぶすような行為は、断じてしてはいけないことなのです。

 発起人が昔、楽しく読んだという「バナナと日本人」の著者、鶴見良行さんの対話集「歩きながら考える」で、鶴見さんは、アジア各国を旅する時、現地の人々の住む街や村へ赴き、現地の人と同じ生活をし、現地の言葉を覚え、現地の通貨で買い物をすることをモットーにしたとおっしゃっています。

 昔、旅人は「文化の伝播」の重要な担い手でした。今のようにお金や食料を持ち、容易に移動が可能な時代とは違う昔の旅人は、その日の食料や軒を借りるのに、旅先で出会う人々の世話になる必要がありました。受け入れてもらうべく旅人は、郷の人の話に耳を傾け、郷の人の生活や習慣を尊重し、時には人々の仕事を手伝って、その日の糧を得るのでした。そうすることで村人も外の世界を知ることが出来たのではないでしょうか。

 私たちブロガーのしようとしていることは、いにしえの旅人と似ているように思います。たとえネットという世界であったとしても、「この新自由主義をなんとか止めたい」という思いは、一足飛びに伝播するものではないのです(逆はやられてしまいましたが)。それぞれが、様々なアイディアで各地に旅立ち、友好的な対話を繰り返すことで、少しずつ理解者を増やすことが大切なのではないでしょうか。

 オセロゲームでは、最初から大きくひっくり返そうとすると最後は必ず負けます。はじめはコツコツとその端からひっくり返すことが勝負の鍵です。ブログにより、全国を股にかけた大きなオセロ盤が出来たと思うのは錯覚に過ぎません。小さなオセロ盤が全国に沢山出来たのです。その端をコツコツ返しつつ、新たなオセロ盤が出来るように、しなやかに、したたかにやっていくのです。

 発揮人さん、どうもあなたは小さなオセロ盤の端をコツコツ返すのは不得手そうです。大きなオセロ盤を返そうだなどという幻想も捨て、小さなオセロ盤を全国に作ることに専念しはったらいかがでしょうか。

 

 
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by pantherH | 2006-01-17 02:34
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