シテの若者たち

 Under the Sun-MEDIA-で紹介されていた、「フランス・“移民暴動”とその後の試練」 姜 尚中、森永 卓郎を見ました。

 第2時世界大戦で多くの戦死者を出したフランスは、戦後の復興にあたって、植民地であったアルジェリアなどから単純労働者として多くの移民を受け入れてきました。当時のフランスは未曾有の高度経済成長期で、母国での貧しい生活を余儀なくされていた移民一世たちは希望を抱いてフランスにやってきました。彼らはバラックに住みつつ様々な仕事をしてフランスの復興を支え、フランスで家族を築きました。やがてバラックは取り壊され、パリの郊外に「シテ」と呼ばれる低所得者用居住施設に住むようになりました。彼らの子どもたちは同化政策のもと、フランスの学校でフランス語でフランスの文化や歴史を学び、フランス人として成長しました。しかし、彼らは高校を卒業しても、かりにソルボンヌ大学を卒業しても仕事がありません。履歴書に「シテ」と記載されているからです。あるいは、アラブ系の名前だという理由で、鼻から歯牙にもかけられないのです。「シテ」に住む若者の心は絶望とルサンチマンが入り交じり、取材に訪れた姜尚中にビンを投げつける程に荒んでいます。そのような根深い「人種差別」を背景にして、フランスの若者たちの暴動は起こりました。

 極右政党の党首ルペンは、カメラの前で堂々と「移民たちは税金を食い物にしているクズで、フランス社会のお荷物だ。さっさと出ていってもらいたい」と発言していました。そんなルペンは近年、グローバリズムにより賃金の安い東欧などに企業が流失し、自らの雇用に不安を抱える労働者や、保守主義者の間で支持率が急上昇しています。

 フランス政府は、若者の失業率の高さの原因は、労働者の権利が守られ過ぎているため若者を雇用することはリスクが大きすぎる為だ、また国際競争必至のグローバル企業にとって雇用コストが大きいと国外に資本が流失してしまうとして、CPE法案を採択しようとしました。CPE法とは、「26歳未満の若者に対し企業は2年間のお試し期間中理由を明示せずに解雇出来る」という法律です。政府や企業はこれで若者の失業率の増加に歯止めがかけられると言います。しかし、若者は「自分たちは使い捨てではない」「一方的に解雇された若者には一生そのレッテルがつきまとう」とその法案の不当性を訴えます。この若者の主張は瞬く間にフランス全土に伝播し、白人も有色人種も関係なく多くの若者や労働者によりデモやストライキがフランス各地で連日繰り広げられています。

 これら問題は「差別問題」と「グローバル化による雇用問題」という二つの独立した問題から成り立っていると思います。しかし、番組では、「差別問題」というスタンスで「シテ」の若者たちの失業問題を捉えながら、CPE法に反対する若者の背景に移行する過程で、いつの間にか「差別問題」もグローバル化の問題に一元化してしまったという印象を持ちました。

 シテの若者たちが暴動を起こしたメンタリティーは、白人による彼らの出自に対する歴然とした「差別意識」への絶望感やフラストレーションであり、フランス人である自分たちを差別していることに目をつぶっているフランス社会への抵抗であったように思います。この問題に対し多くのフランス人が、グローバリゼーションによる雇用不安や、グローバル化により流入する移民労働者が社会を不安定化するという「移民問題」に論点をすり替えて、今厳然と行われている差別や自らの差別意識に目を向けないことに対する不満が、彼らの主張の本質があるように感じました。「シテ」の若者の境遇から私たちに問われていることは、どんな人間にも潜む「差別意識」といかに向き合うか、差別意識を支える自らのイメージで築き上げた「恐怖心」をいかに克服するかということなのだと思いました。

 最近随所で、仕事が上手くゆくのもコミュニケーションが円滑にゆくのも、結局「ひと」だよね。という言葉を耳にします。まさに言われるとおりで「人柄」や「能力」や「性格」が重要だと思います。しかし、この言葉で注意しなきゃいけないのは、本来「結局人だよね」ということばは事象を振り返った時に使うことばです。しかし、未来の事象にこれを用いた時、この言葉には「差別意識」が含まれているのです。

 昨日、フランスのシラク大統領はCPE法案を完全に撤回し、新たな雇用対策を検討すると発表したそうです。やっぱりデモの力って凄いんだなー。
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by pantherH | 2006-04-11 02:00 | Under the Sun
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