負けらんない 

Under the Sunコラム執筆分を転載しています。お題は『春 あるいは 出発』です。是非、Under the Sunにお立ち寄りください。 

日替わりコラム金曜日のT.N.君の日記です。皆さん一流の文章家だし、気合入っているしで緊張しまくりでございます。

 僕は信州の僻地で育ちました。僻地も僻地、ベビーブームの時でしたが1学年16人しかいませんでした。3歳で保育園に通園し、中学を卒業するまで12年間、ずーっと同じクラスメートと過ごしました。さぞいじめなんかなく、みんな仲良く少年時代を過ごしたのねと思われるかもしれませんね。確かにいじめはあまりなかったし、上級生をお兄ちゃん、お姉ちゃんと呼んで、兄弟のように遊んだりしていました。小学生の頃は楽しかったのですが、だんだん自我らしきものが芽生えて来ると、とても窮屈に感じるようになりました。部活なんかで後輩を不条理にしごいている同級生を見て、「止めろよ」と言っても、「お前だって昔よくやってたくせによ」と言われて返答に窮し、真剣10代しゃべり場みたいな疑問を抱いても、それを友達と分かち合える気がしませんでした。気になる女の子もいたけれど、こんな狭い世間で好きもへちまもないだろうと切り捨てていました。ある意味僕は鼻持ちならない自意識過剰野郎だったのです。だからずーっと悶々とした中学時代を過ごし、早く高校に行きたい、もっと広いところに行きたいと思い続けていました。

 実家から高校に通うには朝6時のバスに乗っても1時間目に間に合いません。帰りも4時半を過ぎると家に帰ることが出来ませんでした。だから僕は高校の近くの寮に入って学校に通いました。親元を離れての一人暮らしや1学年400人にも及ぶ人に圧倒されて萎縮している子もいましたが、僕は新しい世界が嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
 隣の席に座った奴は、テストの点がいいだけでなくかなりの読書家で、学校の勉強以外にもなんでも良く知っていました。前に座った女の子はバイオリンを習っていてコンクールでも入賞するような子でした。同級生の英語の発音はまるでラジオから聞こえてくるような発音でしたし、先輩の話や友人との何気ない会話が刺激的で毎日が驚きの連続でした。すげーなー、すげー奴っていっぱいいるな。いろんなところに秀でた奴がいるんだな。俺も負けてらんないな、テストでいい点を取るとかじゃなく、なんか人間的に負けらんないなと思いました。そんな訳で、一生懸命背伸びをして過ごした16歳でした。その後、なんとなく自分のポジションを見つけて、したりしなかったりの気まぐれな背伸びでしたが、目一杯刺激的に高校生活を送りました。そういう凄い奴らからの刺激が僕の礎を作ってくれているように思います。

 僕は鼻持ちならない自意識に触れると、昔の自分を思い出して穴があったら入りたくなる程恥ずかしくなるけれど、凄い奴らのいる世界を求めて挑戦する人には心からエールを送りたいです。僕自身も、すごい人にたくさん出会い、もっと深みのある人に出会い、卑屈になることなく圧倒される感性を大切にしたいと思っています。そしてやっぱり自分は凡人だと自覚して、負けらんないなとちょっぴり背伸びしながら、「僕のものさし」を求めて、再び自分を試したいと思っています。勝ちたいとか、打ち負かしたいとか、ざまあみろっていうような競争じゃなくって、自分も負けらんないなという切磋琢磨に身を置いていきたいなと思います。

 けれど最近、多様性だとか言われてるけれど、「ものさし」が「効率とか要領」という本当に限定された「ものさし」しかなくなってしまい、みんながそれに一直線に並んでいるように思えてなりません。僕が圧倒された凄さとは、もちろん「世の中本当に要領のいい人はいるなー」というのもあったけれど、「なんだ、この正義感は」「なんちゅうユーモアだ」「凄い洞察力だなー」「たまげた粘り腰だな」と、必ずしも要領のよさではなかったし、何よりも、「なんだこの人の懐の深さは」というヒューマニズム溢れる人に圧倒されてきました。圧倒される価値が沢山あったから、負けらんないと自分の価値を見出そうと思えたし、その甲斐があると信じれたように思います。自分が年取ったせいなのか、効率というたった一つのものさししかない昨今、何に負けらんないのかを見失い、負けらんないと克己することに、とても虚しさを感じてしまいます。

 みんな頑張ってる。頑張らないと自らの価値が消えてしまう、そう思ってみんな頑張っている。一つの価値に支配された「蜘蛛の糸」をどうにかしないと、頑張っても頑張ってもみんな消えてしまう。頑張り甲斐のある社会とはアメリカンドリームなんかじゃなくて、色々なものさしで人を評価できる、そういうものさしをたくさん含んだ社会なんじゃないかと思います。
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by pantherH | 2006-04-12 23:55 | Under the Sun
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