硫黄島玉砕(1)

 NHKスペシャル「硫黄島玉砕戦~生還者 61年目の証言~」を見ました。
 「勇壮果敢に敵に挑んだ硫黄島守衛隊、死してなお日本は敵を撃退し・・・」と大本営から戦争を鼓舞する報道がなされていましたが、2万人以上いた守衛隊のわずか数%しか生きて帰還出来なかった硫黄島での戦闘は、想像を絶する地獄であったことが、60年間固く心の奥底に記憶を封じ込めていた生存者の、戦友への贖罪の一心から語り始めた証言により明らかにされていきます。
 
 火山島であるため地温が40度を越し、飲料用の水のない島に地下壕を張り巡らし、兵士たちはそこに身を潜めて、上陸してくるアメリカ兵を待ち伏せにしていました。硫黄島に送られた兵士の大半は、戦闘の訓練もされたことのないような召集兵あるいは少年兵でした。兵士の心得には、「撤退は許さず」「壕を出て戦闘を仕掛けることを慎むべし」と記され、進むことも退くことも許されない闘いを命ぜられていました。その時、東京の大本営では、硫黄島への空海路抑えられている状況では静観やむなし、と撤退の判断もせず静観という名の見殺しを決めていました。命を捨てて闘う日本兵との戦闘でアメリカ兵にも多くの犠牲者が出ました。アメリカは予備兵と大量の近代兵器を投入し、徹底的な掃討作戦に乗り出しました。地下壕の入口を見つけては火炎放射器による炙り出しなどによる凄惨な攻撃により、島の大半は陥落し殆ど勝敗は決していました。
 
 アメリカ軍による投降の呼びかけにも、日本兵は誰一人投降しませんでした。投降は軍紀に反することはもとより、投降しても不名誉のそしりを受け、どのみち処刑されると信じられていたのでした。事実、投降して壕を出た少年兵が上官により撃たれる光景を目撃したと言います。40度を超える地下壕で水や食料をめぐり、それこそ畜生の如く奪い合い、腐乱した死体の下に潜って息を潜めて敵をやり過ごし、焼き出された「炭」を食して空腹をしのいでいたと言います。ついにアメリカ軍は、ガソリンを混ぜた海水を壕の中に注ぎ火をつけました。皮膚が焼け、垂れ下がった人々の姿が炎に映し出されていました。

 この凄惨な光景が戦争の真の姿を物語っています。「彼らの死にどのような意味があるかを聞かれたら、それに応えることは難しい。ただ、意味がなかったでは済ませられない。」その凄惨さ故に今まで封印していた硫黄島の記憶は、私が語らなければこのまま誰も知ることなく葬り去られてしまうかも知れない。と、80歳を過ぎ漸く語り始めました。

『彼らの死は意味がなかったでは済ませられない』

「顕彰」ではなく、私たちは彼らの死の意味を感じなければいけない。
[PR]
by pantherH | 2006-08-08 00:05 | 社会
<< 硫黄島玉砕(2) 国防について >>