硫黄島玉砕(2)

 昨日のNHKスペシャル「硫黄島玉砕」は、あまりの衝撃に見終わってから、番組の内容をなぞることしか出来ませんでした。
 戦死の殆どは、果敢に闘いその戦闘で死んだのではなく、行軍に次ぐ行軍、飢えと乾き、怪我と感染症、寒さや狂気が原因であったと言います。硫黄島での戦いも、地を這うような地獄であったことが生存者の証言から明らかにされていました。迫り来る死への恐怖、人間性を失うことへの恐怖とその結果としての狂気。戦争は人間に対する最大の冒涜なのだと思います。敵を人間と見なさないからこそ戦争が出来るのであり、自らの兵士を人間と見なさないから戦争が出来るのであり、また自らが人間であることにあえて目を瞑ることで戦争に加われるのです。

 私がもし戦場に行ったら、人間性を維持し続けられるでしょうか。

 戦争に行ったら、自分が生き残る為に、いやそんな崇高な気持ちすらなく、そうしないと気持ちがやっていけないから、相手を殺すことも、仲間を見捨てることも裏切ることも、略奪することも凌辱することもしてしまうような気がしています。ひとたび戦地に赴いて、理性やバランス感覚、柔らかい感性を働かすのは至難の業に違いありません。

 もし私がレバノン人だとしたら、毎日イスラエルの空爆に怯え、家族共々身を寄せあって、自分のところには落ちてくれるなと祈り、ヒズボラのロケット弾の発射音に、あー、また仕返しが10倍以上になって返ってくるのかと、ハラハラしながら家族と抱き合う以外にない日々を送り、外には各国の報道陣が訪れているのに、この不条理がいつまでも続いていることに、世界中の悪意を感じ、それでも生きなきゃ、家族を支えなきゃと必至に我慢して、我慢して、我慢して。いつぞやそれは我慢の限界に達して発火するに違いありません。

  戦地に赴き人間性を維持することや、どんな暴力にさらされても戦争に行くまいと抗うことや、戦争に行って生き残るために逃げ回ることよりも、今、戦争に行かなくてすむように、日本が再び戦争をしないように、戦争放棄を維持し、平和を希求する声を上げ続けることの方がはるかに現実的で、容易なことです。

 あるいは、我慢して、我慢して、発火を抑えることも至難なことなのだと思います。事実、私はテレビでブッシュを見る度に彼への殺意が込上げてしまいます。今、我慢の限界を越えて暴力の連鎖に火がつく前に、そしてそ出口の見えない殺戮の連鎖となる前に、イスラエルの暴力を、アメリカの暴力を何とかして止めないといけません。

 NO MORE WAR!!
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by pantherH | 2006-08-08 22:56 | 社会
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