カテゴリ:社会( 34 )

共謀罪

 秋元波留夫先生の近著「精神医学遍歴の旅路」(創造出版)に、「治安維持法と伊藤千代子」という章があります。先生は元東京大学精神科教授で、その後都立松沢病院において民主的な精神障害者医療に尽力されました。時代に先駆けて「施設から地域へ」を唱えられ、東京・小平市を中心に精神障害者の地域ケアの確立に尽力されている方です。先生は最近今の日本が大正末期から昭和初期の治安維持法が制定されたころに良く似ているという危機感をお持ちで、先人の多くの犠牲の上に築かれた今日の平和の尊さを、戦争を知らない世代に伝えなくてはとの思いで、100歳を超えてなおパソコンと苦闘されて精力的な執筆活動や日本各地での講演活動をされています。

 伊藤千代子は長野県諏訪地方出身で、東京女子大学に学ばれたまさに新時代の先駆的女性の一人でした。3・15大検挙事件(1928年)で共産党の秘密印刷所で検挙され、特高による熾烈きわまる拷問を受けて拘禁精神病を発症してしまいます。松沢病院に入院してからも、治療の一切を拒否してこころを閉ざし、まもなく肺炎を発症してわずか24年2ヶ月の生涯を閉じます。伊藤千代子はちょうど先生と同年代で、医学部を卒業してまもなく都立松沢病院に赴任した秋元先生は治安維持法による拘禁精神病患者を受け持ち、良心に従って権力と戦い、そして倒れた同世代の若者を治療しながら悲痛な思いにかられたことを忘れられないと述べています。

 政府は執拗に現代の治安維持法である共謀罪を成立させようとしています。治安維持の名の下に拘禁されたとき人はどのようになるのか、治安維持法と伊藤千代子より以下に引用したいと思います。
症例 伊○千○ 25歳 女性 治安維持法違反 (野村論文より、原文は旧字体およびカナ)
 
 家族歴:父母は入養子、患者の生後母死亡のため、父は離籍せられ消息不明。養祖母健存、主に祖母に養育サル。同胞なし。二十二歳結婚挙子なし。

 本人歴:気質快活・温和・無口。頭脳明敏。高女卒成績優秀、後小学校員となり、女子大学英文科に入る。これより前、夫の影響により、左傾思想に興味を持つ。入学後学内社会科学研究会に加入、昭和3年3月15日検挙、次いで刑務所に収容せらる。

 発病以来の症状と経過:未決拘留中頚部リンパ腺腫を病み手術を受けたるも、快復治癒遷延したるため、医師に病気の原因・予後等を執拗に質問し心配し居たり。昭和4年8月1日挙動に不自然なる様子見ゆ。即ち時に大声を出し、翌2日に独房の壁に向ひ隣室の人と対話する如き独語をなす。次第に独語旺盛となり、談話内容散乱し拒食となれり。次いで運動興奮し、裸体にて蚊帳を腰に巻き室隅に蹲居し、経血にて身体を汚染し、他人の注意に一切応ぜず。8月11日義母面会時支離滅裂の高声独語あり、全く周囲の見境なかりきと言ふ。8月17日入院。(以上刑務所報告)

 入院後の症状と経過:入院当時身体発育良、体格強栄養中等、毛髪豊富漆黒、変質畸形なし。膝蓋腱反射亢進。姿態無頓着・無遠慮・顔貌表情に乏しく硬固、応答は自己の姓・年齢正答、他は拒絶的、出鱈目多し「此処は何処か」「病院・・・井上・・・」「子供はあるか」「知りません。雀の学校・・・」「姉妹は」「あります。幾人か数へ切れません」「結婚は何歳か」「「25歳(正)」「東京の大地震は何年か」「大正11年ぢやないですか・・・馬鹿馬鹿しい」「法律とは何か」「独裁独歩主義です」「何故入院したか」「私も共産党ですよ」云々。『知人が自分を呼んで居る。アララギ社同人です。』と言ひ、幻聴存するものの如し。病室にては興奮落著なし。8月21日病棟内の診察室に伴ひしも拒診。絶えず独語し続く。内容散乱纏りなし。意思阻碍し、『先生の所へ行きたい』と泣出しさうに大声哀訴す。間もなくげらげらと笑ひ、又顔を歪め虐待せらるる如き様子を呈し『嫌だ嫌だ、知らない知らない』と連呼す。其後8月31日迄10日間拒絶症緘黙。9月1日高熱を発すれど拒診。9月5日午前9時綉色の痰を多量に喀出。9月6日夕刻より起き出で枕頭の手拭を取り、頬冠りをなす。悪寒あり。時に含嗽をなす。9月8日義母面会時自発的に漬物を要求す。他人とは語らず、質問にも答へず。義母との対話は相当によく纏り居り、表情普通。9月24日肺炎死亡。
 
 要約:本例は家庭的には慈愛に恵まれず、性格真卒・研究心に富み真面目・熱中性。治安維持法に触れ入所し、1年5ヶ月を経て夫の思想転向を憤り感動煩悶、後心気症となり幻聴旺盛、意識混濁興奮状態となり、入院後肺炎にて死亡す。興奮錯乱は緊張病のそれに酷似するも、感情の環境に対する反応は一部敏感にして単なる拒絶症と処理せらるべからぬ所あり、殊に好悪の感情は現実社会への増悪となり、病像によりて心因性憤怒感情による反応を著しく認め得る拘禁性乖離性反応型に属するものと考ふるなり。
(引用終了)


 最愛の同志であり夫の浅野晃は検事の熾烈な弾圧に屈して転向を表明します。検事は浅野の上申書を千代子に読ませて転向を迫ったということです。必至に特高の弾圧に耐えていた千代子が突然精神に異常を来したのは、夫の上申書を読んだことが原因でした。伊藤千代子の研究者である東栄蔵さんの著書から、亡くなる10日前、千代子が心を許していた義母が一泊の保釈出所を許された浅野を伴って松沢病院に千代子を見舞った時の様子を引用します。千代子の深い絶望に悲しみが込み上げてきます。
いち早く千代子を見つけた母が手招きすると、千代子はすぐ寄ってきた。けれど私や刑事が立っているのに気がつくと、おびえたように後ずさりした。母はそれを呼びとめて「そら晃が来ているよ。会いたかったでしょう」といった。私の名前を耳にした千代子は、一瞬記憶を呼び戻したのか、ちらりと私の顔を見て、かすかに頬を染めた。「千代、わかるか僕だよ」と私はいった。しばらく私を見ていた千代子は、急に母の方へ向いて首をふって見せた。こどもがよくするいやいやだった。そして仲間の群れへ逃げ込んでしまった。いくら母が呼んでも、二度とこちらに戻って来なかった。仕方なしに私らは立ち去った。振り返ってみると、彼女はみんなに交じって、無邪気に笑いこけていた。
(引用終了)

 
 自らの良心に従って権力に抵抗した若者たち。彼らは必至に言論弾圧や戦争に反対を唱えていました。良心に従う自由を奪われた時、そこにあるのは深い絶望と隷属でした。

 現在、長野県諏訪市の龍雲寺の境内にある千代子の顕彰碑には恩師でアララギ派の歌人土屋文明の詠んだ短歌が刻まれています。
 高き世をただめざす、をとめらここにみれば、伊藤千代子がことぞかなしき
[PR]
by pantherH | 2006-03-19 18:39 | 社会

「偽善」が小泉的気分の応援団

 伝えなきゃいけないニュースは山ほどある。取り上げなきゃいけない問題は他に腐るほどある。なのに、落ちた偶像をみんなで取り囲んで叩く事に終始しているメディアに改めて辟易としする。同じように、支離滅裂・不誠実小泉や、しどろもどろ安倍、ちんぴらW中川や、ぼんくら麻生を叩かんか。天下り先調査団の官僚や、癒着でがっぽり業者のトップを叩かんか。

 朝日新聞の、星浩は今更ながらに、「気まぐれ改革」だったのか、なんて小泉政権に批判的な記事を書いても、後だしじゃんけんなんだな。風見鶏の卑怯者なんだよ。正義というのは言うべきときに言うのが正義でしょ。今更言ってもねー。大手マスメディアの報道をしない自由のもと犯した世論誘導の罪は免れないよね。インターネットで知ってんだもん、君らの不正義。ジャーナリズム復活宣言するなら、踊り、踊らせた(踊らされたなんて言ったら怒るで)自分たちの非を先ず認めるこった。普段から疑って読む癖がついてる自分だけど、メディアへの信頼取り戻すのはかなり大変だ。

 だいたい、東横インの社長をメディアは、障害者用の部屋改造した事に対する法的・倫理的責任を追求してるけど、障害者自立支援法を殆ど取り上げず、意図的に問題をカムフラージュしたメディアの責任はどうなの。障害者の人権を侵害してないかい?
 無断で障害者用の部屋を改造したのは、これまでの障害者福祉に対し冒涜で遺憾だと言う行政の人は、窓口でヘルパー代は利用者の自己負担になります、と言ってる事と矛盾してないかい?
 障害者の部屋削ってまで利益優先とは浅ましい、と言っている人は、障害者自立支援法の事なんて考えた事ありますかい?
 みんな障害者になんかちっとも関心なんかないくせに。

 あー、やだやだこの偽善。

 子どもたちは、大人のこういう偽善やいじめを見抜いてるんだな。みんなちっとも関心ないくせに、ってね。だから、いいんだよ、そんなところに金かけなくっても、そんな事まで税金でやらなくったって、っていう、小泉的なものが支持されるんでしょ。
 こういった類いの偽善が小泉的な気分を猛烈にバックアップしてるって思うんだけどw。

 という私のブログも、かなり偽善的だと思われているだろうけど・・・。
 
 今日は素楽さん風を真似てみたけど、全然いけませんね。すみません。
[PR]
by pantherH | 2006-02-08 02:42 | 社会

dependence「依存」とindependence「自立」

 玄耕庵日乗さんが、毎日新聞に掲載された「縱並び社会」を転載しています。今の社会と、そこから浮かび上がる10年後の社会が強く暗示されており、必読のルポと思われます。そのルポを読んで、「自立」ということばについて、考えたことを少し書きたいと思います。

 私は予てから、「個の自立」「自立した精神」という具合に、「自立」ということばを好んで使ってきました。昨年も、障害者自立支援法案なる悪法にもこの「自立」という言葉が用いられ、「自立」ということばに、人を突き放す冷たいニュアンスが生じるようになりました。この「自立」という言葉の由来は全く分かりませんが、independenceに相当する単語に「自立・独立」という訳を与えたのでしょうか。あるいは、autonomy (auto「自己」-nomous「管理」)という言葉から「自立・自治・自律」という訳をあてはめたのでしょうか。
 
 当初私は、independenceという言葉は、なぜdependence「依存」という言葉を、inすなわち否定することでしか、「自立」という言葉を定義出来ないのだろうかと、疑問に思うと同時に、言葉がこんな具合だから「個の自立」は益々難しくなるのだと憤慨していたものでした。他のautonomyやself-relianceやself-supportという単語も、どうも「自立」ということばの持つ「自由さ」のイメージに乏しく残念に思っていたのでした。むしろ、self-relianceやself-supportなんていう言葉は、今日の政府が突き付けてくる「自立」という言葉のそれに近くて、とても冷たいニュアンスに溢れています。「自立」ということばは本来的に厳粛な気概を持たないと成り立ち得ないことばなのでしょうか。

 高校時代に、子安美知子さんの「ミュンヘンの中学生」という本を読み、シュタイナー教育というのに興味を持ち、子安さんや高橋巌さんの著作を読んで、私はルドルフ・シュタイナーの人間観に強く惹かれました。昔から悩んだり行き詰まったりすると、自分にyesという為にシュタイナーをちょこちょこと読み直すことがありましたが、最近なんとなくシュタイナーを読み直しはじめ、independenceという概念が、dependenceの連続性に位置づけられることばであることを認識させられました。

 ルドルフ・シュタイナーは、人間は、「物質体」「生命体」「感情体」「自我」の4つの構成成分からなり、それぞれは保護膜によって包まれ、機が熟したときに自ずと膜を破って出てくるものであり、その膜を機が熟する前に無理に破いてしまってはいけないと述べています。誕生は単に「物質体」が羊膜を破って出てきたに過ぎません。その後、親や周囲の環境の保護の下で、四肢が運動を模倣することで「生命体」が活発に活動します。7歳頃になると蛹から蝶にメタモルフォーゼするかの如く萌芽して、新たに記憶という能力が芽生えます。次に、脳の発達に伴い「感情体」が活発に活動します。この時期は、抽象概念を身につけるにはまだ早く、喜・怒・哀・楽といった感情に加え、美といったより高度な感情や、ある感情に付随するアンビバレンスな感情といった微妙な感情を身につけ、14歳頃の思春期に異性に目覚めることで「感情体」が膜を破って外に出てくるのです。「感情体」が発芽すると、抽象的な思考力が活発に働きはじめ、次の「自我」が活発に活動する7年期に突入するのです。この7年期では、これまでに培った、体力や生命力、記憶力や思考力、それから感情を総動員して、人格を形成する過程です。漸く「自我」が臨月を迎え殻を破ると、判断力を身につけた人格が誕生し、「自我」が「独立」するのだそうです。
 
 シュタイナー教育では、特に「感情体」と「自我」が無理矢理外界に晒されないように、初等教育においては極力抽象概念の教育を排し、芸術や踊りや音楽やファンタジーなどの物語を通して感情体験を感じとらせるようにします。また、担任は「自我」が芽生えるまでの8年間を一貫して任されます。その過程で、「絶対的な権威」により保護されていた子どもが、自我が芽生えはじめることにより、権威を「相対化」していくことが可能となります。その為にも、権威であるところの大人は、感情体の萌芽が起こるまでは、絶対的な権威として振る舞い、自我の目覚めとともに、権威の相対化に応じる必要があると述べています。

 このようなシュタイナーの人間観をもとに、改めてdependence「依存」とindependence「自立」ということばを振り返ってみると、cover「覆われ」、protect「護られ」、depend「依存した」状態から、「自我」の確立とともにそれらを破り、外へでた状態を表すことばであることが見えてきます。independenceという状態はdependenceという状態があってこそ成立することが分かります。精神医学的にも、「安全保障感の伴わないところに自立は芽生えない」という言葉があり、「自立」の大切さとともに、dependすることの大切さも教えられます。

 昨今の、「自立」という言葉に付随する冷酷さ、dependすべき安全保障感の欠如によるアイデンティティの喪失、幼児の頃から求められる「自分」という圧力。シュタイナーのような人間観に基づいて、このようなことを見直して見ると、現代人の「人間観」がかなり歪んでいることに気づかされます。
[PR]
by pantherH | 2006-01-13 02:39 | 社会

雪国の苦労

 連休は信州の実家に里帰りしました。例年にない大雪でさぞえらいことになっているものと思われましたが、テレビで放映されている栄村や飯山市とは随分違い、また両親も元気で、少々ほっとしました。それでも、1mほどの積雪と、最高気温が−8℃という寒さには閉口しました。今年は大雪で、除雪や屋根の雪下ろしも大変なのですが、原油の値上がりにより、18ℓ、900円前後だった灯油が1300円あまりに値上がりし、家計に重くのしかかっているようです。

 連日、大雪のニュースで新潟県の津南町の様子が報じられ、雪や雪崩による国道の寸断で孤立化する集落が出始めているとのことです。除雪や雪下ろしをしている人々の映像はどれも自分の父親かそれ以上の方々ばかりで、地方の過疎化、高齢化を痛感します。しかし、テレビに映し出される人々の表情が大変そうだけれども、なにげに明るいのが印象的です。この雪にみんなが助け合っているからなのでしょうか。

 雪国の自治体の除雪費用は既にいっぱいいっぱいだと聞きます。また、屋根の雪下ろしを業者に頼むと、一件あたり3万円から6万円で、背に腹は代えられないため、高齢者などは殆ど言い値でお願いしているところも多いと聞きます。市内だと屋根の雪を捨てる場所がない為、トラックを借りて川まで運ぶ労力も別途必要です。今年は既に数回雪下ろしをしなければならないので、各家庭の負担も相当の額にのぼっているようです。

 最近めっきりテレビを見るのを止めてしまったので、詳しいことは知りませんが、テレビで連日大雪の映像を流しているわりに、それに対する政府の具体的な対応や、いつもの小泉談話でのコメントがなされていないようですね。小泉はこの大雪に何と言うのでしょうか。武部の恫喝により自民党から衆議院議員になった旧山古志村の村長と大蔵をお供に、例の権蔵スタイルで視察にでも出掛けるんでしょうか。あるいは田中真紀子の地盤だから敢えて無視?この大雪も自らのパフォーマンスに利用するのでしょうか。しかし、大規模な倒壊でも起きないと政治は動かないのでしょうか。

 今回の大雪と姉歯事件の問題を比べると、現実問題と想定問題、責任と責任回避、政府の無対応と政府の過剰対応、地域連帯と集団ヒステリーと色々なことが正反対であると感じてしまいます。

 姉歯事件では使用禁止命令を出したとか、それに応じて引越ししたとか言ってましたが、なんで住民はそれに易々と応じるのだろうかと雪国の人は思っているに違いありません。雪に覆われた家の住人に、倒壊の危険があるからとの理由で使用禁止命令を出したとしたら、「だから雪下ろししてんだろ」と、大いに顰蹙を買ってしまうだろうと思います。
 
 内政も外交も、起きるかもしれない事を過大に強調して危機を煽り、集団ヒステリーを起こさせるのではなく、今、現実に起きている諸問題に、誠実に対応することが政府の仕事だと思いますが。
[PR]
by pantherH | 2006-01-11 00:03 | 社会

2005年

 年の瀬の慌ただしさに、一年を振り返る暇もありませんでしたが,漸く年賀状を投函し、大慌てで、一年を振り返る。
 
 この一年で最も印象に残っている人を一人挙げるとしたら、私は、911選挙の公示日だったかに、国会議事堂に車で突っ込み、重体と報じられた、長野県出身の50代の主婦のことを思いだします。彼女のその後の消息は全く報じられず,記憶からも葬り去られてしまっていますが,きっと先が見え過ぎたのでしょう。彼女には、911選挙の後にどのような社会が待っているのか、全て予見出来ていたのでしょう。今頃は病院にでも閉じ込められているのでしょうか。

 今年の象徴として、無名の彼女を改めて思いだし、一年の締めくくりにしたいと思います。
[PR]
by pantherH | 2005-12-31 23:34 | 社会

トラックバックセンター作ってみました。

 昨日から玄耕庵日乗さんと合宿決行しました。ブログ上で旧知の仲のような気分だったので、夕食もその後の酒宴も盛り上がり、いろいろな話題について話し過ぎたので、何を話したのかさっぱり覚えていない状態です。しかし、楽しかったです。

 今朝から本格的にTBセンターのテンプレートの構築をはじめました。紆余曲折をへて、同じ太陽の下で誰もが幸せに暮らせるような世の中を夢みて、Under the Sunという名のトラックバックセンターにすることになりました。カテゴリーも、多くの方がトラックバック出来るようなカテゴリーをということでやってみました。
 
 このTBセンターが成功するか否かは、ひとえに皆さんのトラックバックにかかっていますので、是非皆さんのエントリーをトラックバックして下さい。

 また、まだまだ駆け出しで、これからやりながら改良をしていけたらいいなと思ってます。貴重なアドバイス等を是非お願いします。

 宜しくお願い申し上げます。
[PR]
by pantherH | 2005-12-18 18:49 | 社会

左とか右とか

 TBセンターに関する話で、不偏不党ということばを使い、自分は左にシンパシーがあると言ってきたけれど,不偏不党っていったいなんなんだろうかと考えていました。当然のことながら,不偏不党ということばを考えると、右とか左とかというのは何なのかという問題につき当たります。はたして,右とか左っていったい何なのでしょうか?左も右も全く深く勉強したことのない、わたしが思うところの右と左について考えてみました。(左翼、右翼ということばはイデオロギーを含むような気がするので、あえて、使わずに考えたいと思います。)

 本来の右も左も、「人」に関心がある点で共通しているように思います。ただ、人に対する捉え方が双方で違うように思われます。では、どう違うのでしょうか。
 左の人は、その人がある「今」を重視します。一方、右の人は、その人にまつわる「歴史」を重視します。「今」にこだわる左の人は、庶民は歴史的に常に抑圧されてきたので、人がその抑圧から解放される為には、地縁や家父長制からの解放が必要だと考えました。経済的にも、庶民は絞られるだけ絞られてきたので、搾取する資本家からの解放が肝要だとも考えました。一方、「歴史」にこだわる右の人は、今ここにその人が存在するのは、過去の歴史や伝統があってこそであり、人は先祖や地縁を敬わなくてはいけないと考えました。
 古い伝統やしきたりを重視する「右」の人にとって、そこからの解放を唱える「左」の人々は脅威でしたし,「左」の人にとっては、伝統やしきたりに縛り付けようとする「右」の人は敵にしか思えませんでした。しかし、この時点では、左も右も「人」に対する関心と理解がその根幹をなしていたように思います。

 「左」の人は、「歴史」にこだわる「右」の人とは別に、「お金」にこだわる「資本家」にも目の敵にされました。なにせ、資本家による隷属からの解放を求めたのですから。「左」の人も「右」の人も、「人のあるべきあり方」に関心があったのですが、「お金」にこだわる人は、「人のある姿」に関心がありました。本質的に人間は人より裕福になりたいだろう、という姿にです。この点は、ある意味正鵠を得ていたとも思われます。

 幸か不幸か、卵が先か鶏が先か分かりませんが,イデオロギーがそれぞれの言い分を論理的に裏付けるようになりました。「左」にとっては、「共産主義」であり、「右」にとっては、「血」であり、「資本家」にとっては、「資本主義経済」だったのだろうと思います。イデオロギーが双方のこだわりの根幹をなすようになると、互いに修復不可能なほどに、いがみ合うようになりました。
 戦後、「左」vs 「右+資本」による東西冷戦対立となったのは周知のとおりです。

 資本主義経済の中心を驀進したアメリカ人は、元来が新大陸を求めてやって来た入植者たちだったので,昔からの、その土地にまつわる対立や融和や様々な多くの歴史について、あまり深く考えることをしませんでした。皮肉にも、そういった環境に立脚したアメリカの、自由で寛容で古くからの因習にとらわれないその姿に、だれもが憧れたのでした。

 しかし,共産主義憎さに、「お金」の人と手を組んでしまった「右」の人は、本来持っていたはずの「人」にこだわるその視点、つまり「人は歴史なしには存在し得ない」というメッセージを自ずと失い,「反共」「ナショナリズム」という、「対象となる他があってしか意味を有さない」ことばしか持ち得なくなってしまいました。
 一方,結果的に全体主義、官僚主義に成り下がって、ソ連の崩壊とともに共産主義が事実上敗北すると,「左」の人が本来持っていたはずの、「人」にこだわる視点に対する言辞も霞んでしまうようになりました。

 そして、「一人勝ち」した「お金」の人が、「人」に全く興味を示さない「新自由主義」なる怪物と化し,民族固有の文化や伝統を破壊するのみならず,今、同じ地球上で同じ太陽を見ている人々を不幸にすることも厭わないグロテスクな姿を晒すようになったのです。

 そうこうしているうちに、情緒を伝える風景や伝統は破壊され、今生きている人が、互いを信頼し尊敬し安心して生きてゆく最低限の暮らしも破壊されそうな状況に押しやられ、「左」の人は、自分たちが脱出したかった因習が、こんなにも崩壊していることに恐れおののき、「右」の人は因習をと訴えたところの人々が、ちっとも幸せになれない状況にいることに驚愕しているのではないでしょうか。
 このような状況は、「左」の人たちが歴史をかき回したからこんな風になってしまったのでしょうか?わたしは、そうではなくて,「お金」に対する洞察と警戒心の希薄さが原因だったのではないかと思っています。

 そういうわけで,今の社会に対する切実なテーゼは、原点に返って,「今生きる人々が幸福である為に」みんなで連帯し,「今生きる人々は過去の歴史の上に生きている」ことを自覚して、人々の培ってきた文化を大切にしていかなくてはいけないのだという点にあると思います。そして、「膨張をその本質に抱くマネー?経済にかわる経済パラダイム」を構築していかなくてはいけないのではないかと、思うのです。(「モモ」を読みなおさなくっちゃ。)
 歴史も経済もイデオロギーも全くの素人考えで大変恐縮致しました。

 そんなわけで、不偏不党というのは、ごくごく当然の結論になってしまうのですが,「人」に立脚するということなのかな・・・。その視点を忘れなければ、別に不偏不党でなくたって、今日的な問題に対し、きっと大きな力になれるのだろうと、淡い期待を抱いているのです。
 
うーん,難しい。やはり、TN君ごまかせり。

 
[PR]
by pantherH | 2005-12-12 18:30 | 社会

岩村昇先生

 誰しも、あの人は今どうしているのだろうか、とふと思うことがあります。数年に一度、そういえばあの人はどうしてるのかな、名前はなんとおっしゃったかな、とわたしの脳裏をよぎる方、岩村昇さんが、27日亡くなられました。

 中学生の頃の読書感想文の学校推薦図書で読んだ本で先生のことを知りました。残念ながら本のタイトルもも忘れてしまいましたが、(「ネパールの碧い空」かなー??)ネパールの僻地へ赴き、結核やハンセン氏病の治療に取り組んでいらっしゃった方。古切手を収集してお金に変え、ネパールの子どもたちに鉛筆や文房具を届ける活動を、1960年代からつづけていらっしゃった方。子どもや現地の人々への優しい視線に、子ども心ながら、いたく感動し、かっこいい人だなと思ったものでした。

 月日の経過とともに、先生の名前も忘れ、ペシャワールの会の、中村哲先生をテレビや新聞で見かけると、そういえばネパールの先生はどうしてらっしゃるのかなと、ふと、思いだす程度でした。昨日の朝刊で訃報に接し、しまった、気に留めるだけでなく、そのとき調べることだって出来たのに。何をしていたんだ、とすごく後悔の念が沸き上がりました。遅ればせながら、netで検索してみました。岩村先生の温かい人柄が伝わるメッセージと、人間の堕落と輝きに対する視線が時代を超えて伝わってきます。
 
 あー、素敵な人はみんな逝ってしまうなー。戦争を体験した年を重ねゆく素敵な先輩たちから、少しでも多く、なるたけ生で、学んでいかなきゃ、としみじみ思います。こちらも、あまり時間がないんですね。

 岩村昇先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
[PR]
by pantherH | 2005-11-30 01:17 | 社会

専門家の仕事

 常々、専門家の仕事とは何だろうかということを、漠然と考えていました。特に、人と接する仕事に就く専門家の仕事とはなんだろうかと。非常に抽象的で主観的なのですが、わたしは、一つの結論に至りました。それは、「大丈夫です」ということばを引き受けることではないかということです。すなわち、専門家は究極的には楽観主義を与えることが、その役割なのではないか、ということです。なぜそう思うのか、論理立てて説明することは難しいのですが、具体例を挙げてみようと思います。

 例えば、学校の先生。授業をしようと思っても、クラスは騒々しくて授業にもなりません。注意をしたら逆切れされたり、登校拒否になるかもしれません。このような問題児は、精神科で専門の先生に診てもらって、薬を処方してもらい、出来ればうちのクラスから切り離して欲しいと思うかもしれません。子どもたちは、勉強についていけず、腕白にエネルギーを発散するところもなく、どうしていいか分からない心のモヤモヤをただ抱えているだけなのに。そこで、専門家である教師が、「大丈夫ですよ、この子はそんなに変わった子ではありません」ということばを引き受けたら、子どもたちはどれだけ心強いでしょうか。教師は、「大丈夫です」ということばを発するにあたり、子どもへの愛情はもとより、多くの人に協力を仰ぎ、子どもたちの一番近くで自らが右往左往しなければいけません。最近の家族環境を考えると、教師が「大丈夫です」ということばを発するには、相当の覚悟と気概を要します。それ故いっそう子どもたちは、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた教師に思慕の念を抱くのです。

 例えば、医者。心筋梗塞をおこし、集中治療室で治療を受けたことがある患者が退院します。退院時に主治医から、徐々に体を慣らして行くようにという指導と、再梗塞をおこす可能性についての説明を受けます。退院した患者は、徐々に体を動かそうと思っても、再発が怖くてなかなか出来ません。そこで、専門家である医者が、「大丈夫ですよ、再発を防ぐ為にこちらも最善を尽くしましょう」ということばを引き受けたら、患者の生活はもっと不安から解放されるでしょう。医者は、「大丈夫です」ということばを発するにあたり、インフォームド・コンセントはもとより、最大限の再発予防の努力と注意と誠意を注がなくてはいけません。昨今の状況を鑑みると、医者は安易に「大丈夫です」ということばは言えません。それ故いっそう患者は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた医者に信頼を寄せるのです。

 例えば、経済学者。日本の財政赤字が1000兆円にも達することは周知の事実です。箱ものによる利益誘導型の政治をしていたから財政が破綻したのだ、官僚の天下り先として特殊法人を無数に作ったのが原因だ、等々原因を指摘したらいくらでもあるでしょう。このままでは日本が危ない、という見通しを語れば語るだけ、国民も不安と絶望感で希望すら持ち得なくなってしまいます。そこで、専門家である経済学者が、「大丈夫ですよ、増税をせずに財政再建するべく知恵を絞りましょう」ということばを引き受けたら、国民の生活は今より明るくなることでしょう。経済学者がこのことばを発するにあたり、アカウンタビリティーはもとより、緻密で正確な状況分析と、柔軟で豊富なアイディアを注がなくてはいけません。たしかに、昨今の状況をみると、経済学者は容易には「大丈夫です」とは言えません。それ故にいっそう国民は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた学者に尊敬の念を抱くのです。

 例えば、政治家や官僚。北朝鮮は日本人を拉致し、核武装もしようとしています。中国が急速に国際的影響力を増し、人民解放軍も軍備拡大に余念がありません。来るべき危機に向けて、憲法を変えて日米同盟を強化する以外選択肢はないといいます。近隣諸国との関係悪化の不安を煽られ、国民は対米追随以外に選択肢はないのかと虚無感を募らせます。そこで、政治家や官僚が、「大丈夫です、緊張緩和と国益の為に外交努力を全力で尽くします」ということばを引き受けたら、国民の虚無感や劣等感は和らぐことでしょう。政治家や官僚がこのことばを発するにあたり、自らのビジョンを真摯に語ることはもとより、他者の主張にも傾聴し、信頼関係の構築に、柔軟かつ大胆に、そして忍耐強く取り組まなくてはいけません。今日の複雑な国際情勢を慮ると、「大丈夫です」とはなかなか言える状況にはないかもしれません。それ故にいっそう国民は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた政治家や官僚についていくのです。

 一方、覚悟を引き受けずに、安易に「大丈夫ですよ」ということばを発することは、カルト的でさえあり、人々の疑心暗鬼を助長し、かえって信頼を損ねてしまいます。では、覚悟を引き受けるとはどういうことなのか。この点について考えると、「実践する」ということにほかならないことに気づかされます。実践するというアクションがあるから、「なんとかする」、そして、「なんとかなる」という希望が生まれるのです。

 ところで、専門家に全てを委ねて、「なんとかしろ」とのたまわっている私たち。すぐに専門家の見解を求め、自ら考えることを放棄し、ひとたび問題が起こると糾弾することにのみ躍起になる。この他人任せの態度が、「実践」の芽を摘み、更なる無責任体質を助長していることも事実です。子育てから、健康、国政にいたるまで、専門家に覚悟を要求するばかりではなく、私たちも当事者として右往左往しながら、関わり学習していかなくてはいけないのだと思います。

 昨今の、一億総無責任化している社会から、一歩ぬけだすためにはどうしたらいいのだろうかと考えると、やっぱり、「双方の実践」なんだよなーと改めて思ってしまいます。
[PR]
by pantherH | 2005-11-25 20:34 | 社会

T.N.君ごまかせり

玄耕庵日乗さん、ありがとう。あなたは、夢みる心と正義感に溢れたお方です。

期待はしてるんだけどささん、ありがとう。私は君をとってもいい人だと思ってます。

トドさん、ありがとう。わたしはあなたを善意の人だと思います。

とくらさん、ありがとう。あなたは本当に優しく面倒見のいい素敵なお方です。

thessalonikeさん、ありがとう。ブロガー同盟を立ち上げた貴方には感謝の気持ちで一杯です。

さて、T.N.君こと、わたくしは、恋煩いに忙しく、同盟をしばし休憩する事に致します。

皆様のご活躍とご発展を心よりお祈り申し上げます。

T.N.君の日記
[PR]
by pantherH | 2005-11-11 21:11 | 社会