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皆川賢太郎、湯浅直樹、かっこよかったぞ

 いやー、感動しました。アルペンスキー男子回転。

 ふり幅の激しい一本目。佐々木選手は少し気負いが見られ、やや身体が伸びきっていたかなという印象でした。あのビック・マウスがプレッシャーになったのかな。
 次にスタートした皆川選手。ターンの前半の方向付けが抜群で、スキーの抜けがとても良かった。見ていて惚れ惚れする軽やかなターンと積極性で好タイムをたたき出しました。一本目0.07差の3位とは驚きで、たいしたものです。一本目トップのB.ライヒは大回転でも回転でも、何でこんなに簡単に滑るのと思うくらいです。ラインは高いし、スキーは下へどんどん落とし込んで雪煙もほとんどあがりません。いやー、レベルが違うなと実感させられます。

 2本目のセットはストレートの直後にヘヤピン、そしてふり幅の大きい急斜面という難しいセットでした。しかし、湯浅選手は最初のポイントを、え、あんな簡単にと思うぐらい上手にクリアし、2度ほど危ない場面があったけれど、ずっと積極果敢に攻めて見ていてとても気持ちのいいアタックでした。
 一本目8位の佐々木選手はやはりスタート直後からリズムが少し悪く、挽回しようと少し気負っていた印象でした。積極性と気負い、これをコントロールするのは本当に難しい。
 いよいよ皆川選手のスタート。スタートしてストレート直後の急斜面までは、やっぱ緊張しているなと少し動きが硬く、ポールを待っている印象がありましたが、急斜面を越えたあたりから動きがどんどん軽やかになってきました。これでコースアウトはないぞと確信し、行け、攻めろと叫んでしまいました。ゴールして3位。うーん、メダルは難しいか。しかし、とても感動的なアタックでした。
 一本目トップのライヒは安定感も抜群でやはり強かった。うーん、やっぱりレベルが違うな。

 しかし、本当に興奮するレースでした。アタックする心意気がびしびし伝わってくるレースでした。

 「メダルを取ったオーストリアの選手は、ジュニアのころからの仲間。本当にメダルを取りたかった。0.03秒差かー。」皆川選手のレース後のコメントは、たくさんの思いのこもったコメントでした。そして、一緒に悔し涙を流していたという湯浅選手も、そのハートに拍手です。

 余談ながら、僕らの憧れだった木村公宣の解説は優しさと熱さと抑揚に溢れていてとてもよかった。昔みたいに「Go West」にのせてアルペンスキーを中継してほしいなー。
 本当にナイスパフォーマンスでした。
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by pantherH | 2006-02-26 04:18 | 趣味

ちょっと遅いんだけど・・・

 トリノで日本勢がメダルを取って、感動の秘話を作ろうと意気込んでいたマスコミは、その思い叶わず、そのはけ口にメールの真贋を論うのに必死の今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか?(元気なわけないですね。ここは鼓舞して、鼓舞して・・・)

 今頃のエントリーじゃちょっと遅いのだけど、「トリノのアルペンスキーはやっぱすごいぞ」と書きたくて書いちゃいます。残念ながらスーパーGは見れなかったのだけれども、滑降と大回転は迫力満点でした。テレビでは、ハーフパイプだスノーボードクロスだと騒いでいるけど、競技の持っている緊張感が全然違います。スタート前に、自分を鼓舞して鼓舞して鼓舞しまくって恐怖心を克服し、それでいて冷静な頭脳を維持しなきゃいけないアルペン競技は、選手から伝わってくる張りつめたオーラが、「スポーツーw」と実感させてくれます。

 アルペン競技はどの種目も、滑る前にインスペクションといってコースの下見をします。滑降競技の場合は斜面変化はもとよりコース内の小さな起伏の位置、プレジャンプをする方向(たとえば飛び出す方向にある目標物)などをあらかじめ頭の中にインプットしておきます。特にターンをしながらのプレジャンプなどでは、そのときのスピードや弧の大きさで、受けるGやジャンプしたときの方向が微妙に変化します。なので選手は本番前に3日間、トレーニングランといって本番と同じようにレースを行いラインやスピードのイメージの修正を図ります。綺麗なラインを選べば、安全で身体への負担も少ない反面、スピードにのらなかったり、遠回りをしてしまったりします。一方、弧を小さくして果敢に攻めると、その分Gが大きくなり、結果的にエッジングを強くしすぎたり弧が膨らんだりして余計にタイムロスしてしまいます。トレーニングランではほかの選手のタイムやラインどりと照らし合わせながら、そのイメージを修正していくのです。
 
 そして迎えた本番のスタート直前、ひとつミスすると大怪我に直結するかもしれないフルアタックするラインを何度も何度も頭の中で反復し、鼓舞して鼓舞してアドレナリンを出しまくるのです。まさに静と動の同居した状況です。
 レースが始まります。一番スタートの選手の情報がスタートにいる選手に入ってきます。昨日までのトレーニングランよりもタイムが2秒ほど速いようです。本番ですもの、集中力が違うので当然かもしれません。しかし、今日の雪は昨日よりもスリッピーなのかもしれないし、選手はより積極的なラインを果敢に攻めてきているのかもしれません。自分のイメージしたラインで勝てるのか。もう少しあそこをチャレンジしようとスタート直前イメージに若干の修正を加えます。コンセントレーションを極限まで高めてゆきいよいよ自分のスタートです。氷点下6℃のスタートハウスでは選手の身体から湯気が湧き上がります。

 いくぞ、いくぞ、いくぞ。やるぞ、やるぞ、やるぞ。
 そりゃー。

 加速とともに風の音が高まり、視界も徐々に狭まります。
 最初の大半径ターンは予想以上にたたかれます。
 思ったよりスピ-ドが出ているぜ。プレジャンの方向ケア。わお。やばい、ターンが仕上がらなかったせいであさっての方向だ。まじーぜ、飛びすぎた。よっしゃ、リカバリーはOK。よっしゃ、これから挽回だ。 
 しかし、今日は曇り空のため斜面の小さなこぶがよく見えません。少しずつタイミングが遅れているのが分かります。
 浮くな、浮くな、柔らかく、柔らかく、下半身柔らかく。そう言い聞かせながら難儀な小さなウェーブをこなしていきます。
 ここは攻めどころだ。カットイン!うお、やばい。 やばい。 うわ、きっつー。いけっ。いけっ。 ふー。助かった。
 走ってる。走ってる。緩斜面は走ってるぞー。あそこのポイントはそつなくこなして・・。
 よーし、最後のプレジャンでゴールだ。

 若者の荒削りで果敢な滑りと積極的なラインどり。ベテランの柔らかい滑りと無駄のないラインどり。
 静と動、勇気と恐怖、攻めと守り、美しさと速さ、が絶妙なハーモニーを醸して挑む勝負 「アルペンスキー滑降」。
 やはり、僕はこの世界の虜だ。

 25日には男子回転がある。佐々木明はきっとやるだろう。でも、それ以上に、世界のトップアスリートのベストパフォーマンスを見たいのだ。
 いくぞ。いくぞ。いくぞ。そりゃーw。
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by pantherH | 2006-02-24 00:33 | 趣味

クリスマス

 自分のアクセスレポートを見ると、トラックバックセンターに夢中になっている間に、みるみるアクセス件数が少なくなっていくのが分かります。確かに、12月12日に記事をアップして以来まともな記事をエントリーしていないので無理もありません。最近は、センターの記事と、HTMLのタグのしくみを勉強するので大忙しです。といっても、ほとんど進んでないのですが・・・。

 さて、今日はクリスマス・イヴ。
 
 子どもの頃、家族でクリスマスを祝ったり、サンタさんに願い事を書いて、靴下を枕元にぶら下げて寝たなんていう、ロマンティックな夜をおくった記憶はとんとありません。
 雪国育ちのわたしは、子ども時分、冬はスキーに没頭し、スキー場が近くにあったものですから、学校が終わるとゲレンデに直行するような日々を過ごしていました。経済的に裕福ではなかったにもかかわらず、両親は毎年新しいスキーの板を買ってくれました。12月初めに届く真新しいスキーの板は、まさに宝物で、毎晩眺めたり、磨いたり、ワックスをかけたりして、雪が積もるのを心待ちにして過ごしていました。

 当時は、インゲマル・ステンマルクの全盛期。あの流麗で無駄がなく、力を使っている事さえ感じさせない滑りに、瞬く間に虜となり、連続写真を使ったステンマルクの解説本を何度も何度も読み返して、ステンマルクになりきっていたものでした(気づきました?憧れのあまり、http://stenmark・・・)。そんなわけで、スキーの板は当然ELANが欲しかったのですが、ELANは、ユーゴスラビアか何処かで作っていた板だったので、片田舎の運動具店には置いているはずもありませんでした。まだ外車に対する偏見が強く、店の人は、小賀坂や西沢ばかり薦めます。しかし、ワールド・カップで活躍していた選手に日本車をはいている人なんて一人もいなかったから、はなから興味がありません。当時、わたしの中の3大ブランドは、エランか、誰もがはいていたロシニョールか、ステンマルクの好敵手、メイヤー兄弟がはいていたK2のいずれかでした。そのころから、へそ曲がりな性格だったので、誰もがはいている板には興味が湧きません。そういうわけで、小学生ながら、アメリカンなスキー板、K2を手に(足に)するようになったのです。

 だから、12月初めに届くスキーの板がクリスマスプレゼントである事は、百も承知でした。父親がサンタである事も。

 我が家には、なぜか若いお兄ちゃんがずっと居候をしていました。「あれがクリスマスプレゼントよ」「はい」と目で会話する親子を不憫に思ったのか、ある大雪のクリスマス・イヴの夜、東京から突然そのお兄ちゃんが、大きな袋を抱えてやって来たのです。音楽の授業でオルガンを習い、ピアノに興味を持った姉は、毎晩紙鍵盤でピアノの練習をしていました。そんな様子を知っていたのでしょうか、姉にはピアニカをプレゼントしてくれました。そして、わたしには卓上ゲームやプラモデルを。無精髭をはやした居候のお兄ちゃんは、まさにサンタさんでした。「大草原の小さな家」で、髭もじゃのエドワードおじさんが、猛吹雪の中、ローラの住むインガルス一家にクリスマスプレゼントを届けるシーンが、いつもこの時の光景と重なります。

 わたしももう、そのお兄ちゃんの年をゆうに越え、無理をしながらも、毎年スキーの板を買ってくれた両親の年齢に迫ろうとしています。子ども時分を思いだすと、今の自分を顧みるとともに、両親に対し感謝と慈しみの気持ちが湧いてきます。

 連日の寒さに、田舎は朝晩、-15℃を下回っているのだそう。今年の正月は田舎に帰ろうか。
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by pantherH | 2005-12-24 22:25 | 趣味

気位の高い鶏

 ある日、近所の人が、鶏を拾ってきました。自分の家では飼えないので飼ってくれないかとのことです。その鶏は年を取って卵を産まなくなったので捨てられたのだそうです。その鶏には、コッコという名前をつけました。鳥小屋を大至急作ったのですが、コッコは小屋で眠りません。いつも暗くなると、家の前の白樺に登り、その枝で羽を休めます。朝になると、コンドルのように枝から滑空して降りてきます。コッコは、農協で買った配合飼料を与えても見向きもしません。いつもミミズや虫を美味しそうに食べます。

 飼いはじめてしばらくすると、林の方から雄鶏のようにコケコッコーと鳴く声が聞こえます。イタチでも現れたのでしょうか。見に行きますがそのような動物は見当たりません。翌日も同じようにコケコッコーと鳴く声が聞こえます。そしてその次の日も・・・。そうです。コッコは卵を産むようになったのです。卵を産み落とした後、コッコは興奮のあまりコケコッコーと鳴いてしまうのです。卵を隠すべく、コッコは転々と巣を変えます。しかし、卵を産んだ後、コケコッコーと鳴いてしまう性は治りません。子どもたちは鳴いた方角を聞き分けて毎日卵探しに出掛けます。ミミズや虫から育った卵の黄身は、橙色に輝き、こんもりと盛り上がっています。その色のあまりの鮮やかさに、少々気味が悪いくらいです。

 ある日、コッコにも家族を作ってあげようと、近所の農家から雄鶏を一羽譲り受けました。野生の生活に慣れていないお婿さんは、いつもコッコの後ろをついて回ります。ミミズもうまいこと獲ることが出来ません。でも、精一杯頑張って、夜も白樺の枝で眠ります。ある晩、外でけたたましい鶏の鳴き声が響きました。あわてて外へ出て見ると、お婿さんがテンに引かれてゆくのが見えます。月明かりに照らされて、その残像の美しいこと。お婿さんは、慣れない野生生活を必死に頑張ったのですが、どうしてもコッコが羽を休めるもう一段高い枝に登ることが出来なかったのでした。

 三度目の冬を越し、徐々にコッコにも衰えをみとめはじめました。卵の殻も今までのように頑丈ではなくなり、黄身の色も盛り上がりも心なしか寂しげになりました。コッコと呼ぶと、ダチョウのように走ってきたコッコが、かすかにコーコッコッコと鳴くばかりです。

 夕方、いつもいるはずの白樺の枝に、コッコの姿が見えません。コッコーと、庭や林中を探しまわります。明くる日も、その明くる日もコッコーと探します。しかし、コッコは帰ってきません。とうとう、裏山にコッコを探しに行くことにしました。裏山を中腹まで登ると、そこに半分テンか狐に食べられたコッコの亡骸がありました。悲しくて悲しくて、一目散で山を駆け下り、母親に泣きながらそのことを話しました。母は、「もうすぐ死ぬって分かったコッコは、自ら山を登っていったのよ。」と、言いました。

 気位の高いコッコは、自らの身を食物連鎖に差し出したのでした。
 
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by pantherH | 2005-11-22 00:51 | 趣味

晩秋の想い出

 紅葉をきれいなものだと思うようになったのは、中学生になってからでしょうか。それまでは、恐怖、気持ち悪い、という印象だったように思います。昨日までみどり色をしていた山々が、翌朝目を覚ますと、絵の具をたらしたように、赤や黄色に変わっている。翌朝には、赤や黄色の絵の具は雪崩のように山から里に迫ってきます。絵の具の雪崩に飲み込まれてしまうのではないかと、朝起きて山を観るのが怖かったものでした。
 最近はそんな劇的な紅葉を観ることはなくなりましたが、この季節になると、恐怖感いっぱいに眺めた、田舎の紅葉が懐かしく思いだされます。

 落葉松の紅葉が終わる頃、野沢菜の漬け込みが始まります。菜っ葉の中に入り込んだ落葉松の葉っぱを、凍てつく水で洗い、一握り程に束ねていくのが子どもたちの仕事でした。時期を逸して霜や雪が降ると、葉が凍(し)みて葉色が黄色くなり、美味しくなくなってしまいます。「今度の日曜日は野沢菜漬けるわよ」という母のことばを聞くのは恐怖で、テストを理由にさぼりたいとよく思ったものでした。今でも母はこの時期、野沢菜を漬けているようですが、「最近は昔ほどそんなに寒くないのよ、それにお湯で洗っているの、有り難いわ。」と言っています。「昔のように一晩で辺り一面が変わってしまうような紅葉もなくなってしまったわ。」とも。

 私の好きなエッセイスト、数学者の藤原正彦さんは、今現代人が取り戻さなくてはいけないものは、情緒だとおっしゃっています。地方の切り捨て、地方の没落は情緒を育む環境のみならずそこに住む人々の生活や精神を荒廃させてしまいます。一方で地方振興の為の箱ものによる利益誘導政策は、やはり情緒を育む環境や精神を荒廃させてきました。貧しかった自分の子ども時代の想い出を振り返ると、失われつつある大切なものについて考ずにはいられません。そして、それらを未来に伝えていく為にどうしたらいいのかを考えると、途方に暮れてしまうのでした。

 そろそろ、私の故郷には初雪の便りが訪れる頃でしょうか。

 目覚めると赤や黄色の雪崩くる
 かじかむ手息であたため御菜洗い
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by pantherH | 2005-11-20 19:50 | 趣味

出会い

 土曜の夜、街に飲みに出掛ける。焼き鳥を食べたあと、焼酎専門のbarに入る。私の左に、40代後半の単身赴任の男性が座る。沖縄の焼酎の蔵元の話や、出張や単身赴任で赴いた日本各地の名勝の話で盛り上がる。週末は一週間の夕餉の準備をするのだそう。ちょっとした工夫で、同じ食材で、色々なバリエーションが出来るのだそう。18歳になる娘さんの話を嬉しそうに話される。焼酎の飲み比べをしながら、2時間ほど談笑し、彼はアパートに戻る。

 続いて、右の席に20代の若いお兄ちゃんが座る。サッカーネタで盛り上がる。彼はフットサルチームに所属していて、毎週末、同じく飲み屋で知り合った、上は50代から下は20代、女の子も交えてフットサルをしているのだそう。フットサルか・・・。昔、試験明けには仲間を集めてフットサルに興じていたことを思いだす。良かったら、明日フットサルしに来ませんか?と声をかけられる。本当ですか?ここ何年も全く運動していないけれども大丈夫ですか?そんな人たちばかりですよ。と、彼。
 結局、4合も焼酎を空ける。

 朝、目覚めると案の定頭が痛い。かねてから待ちこがれていた、フットサルとの出会いのチャンスをふいにするのはもったいない。重い体を起こし、大量の水でなんとか体調を整える。

 フットサル場に駆けつけると、昨日の兄ちゃんが、あ、来たんですね。と、少し驚いた表情で、昨日飲み屋で知り合った方です。と、みんなに紹介してくれる。
 何年ぶりかのまともなダッシュ。足が回らず、今にも転びそうになる。子どもの頃運動会で見た父親たちの転倒シーンがよみがえる。息をゼーゼーきらしながらなんとか試合をつづける。きっと、顔色は真っ青だろう。肉体の衰えを否応なく認識させられる。みんな私をいたわりながらパスをだしてくれる。次の試合はゴールキーパーでお茶を濁させてもらう。試合をつづけていくうちに、足が少しずつ動くようになる。体も徐々に軽くなる。シュートも一本決めることが出来た。ちょっと嬉しい。
 日が傾く頃、今後のスケジュールをメールしてもらうことを約束して、帰路につく。

 なんと心地よい疲労感だろう。なんて楽しい出会いだったことか。
 
 人生は、いろいろな人と出会う為にある、ということを教えてくれた、数日間だった。
 
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by pantherH | 2005-11-13 23:07 | 趣味

リバーダンス

玄耕庵日乗さんが絶賛していた、RAUL MIDONのSTATE OF MINDを早速購入。かっちょいー。
 テレビを止めてから、毎晩、ネットとミュージック三昧。いい感じです。

 先日、ずうっと待ちこがれていた、「リバーダンス」を見てきました。
やっぱ、ライブは迫力が違いました。タップダンスの鼓動が、ばしばし響いてきます。上半身を全く動かさない、アイリッシュタップは、イギリスに対する抵抗の歴史故でしょうか、媚びないという強烈なメッセージを発しています。そのなかに日常のささやかな喜びが宿り、お花畑に舞う蝶のようでもあります。
 下半身だけで刻まれるタップのリズムは、まさに打楽器。美しく逞しい肉体から醸しだされる色気。凛々しい魂と肉体とリズム。あー、まだその余韻に浸ってしまいます。12月の、ジーン・バトラーのライブにも行きたいなー。
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by pantherH | 2005-11-03 00:32 | 趣味

北風と太陽

 米原万里さんのエッセイ「真昼の星空」(中公文庫)に、「北風と太陽」というのがあります。

 表題作は誰もが知っているイソップ物語の、「北風と太陽」。ある日、北風と太陽が、どっちのほうが偉いのかきめるために、旅人のコートをどちらが早くぬがす事ができるか競い合います。北風は精一杯凍てつくような冷たい嵐を吹き付け、コートを吹き飛ばそうとします。しかし、旅人はコートを脱ぎません。太陽は暖かい陽光を浴びせ、旅人をリラックスさせ、しまいに旅人はコートを脱ぎましたとさ、という説話。
 他人に何かをさせようとしたら、押し付けがましいのは功を奏さない。本人をその気にさせるのが肝要だ、という教訓が語られています。

 しかし、米原さん、(引用開始) 
 最近、時と場合によっては、太陽よりも北風のやり方のほうが、ましなのではないか、と思えてきた。北風の意志に逆らうことで、旅人は己の意志を明確に自覚した。ところが、太陽の意志については、旅人はそれを、あたかも自分自身の意志と錯覚して外套と帽子を脱いでいるからだ。
 崩壊する前のソ連の、当局による言論統制は、あからさまな北風型だった。これはダメ、あれはダメ。タブーは明確であり、それを破った場合の弾圧は熾烈であったから、当局の意志は、否が応でも認識させられる。
 当然、人々はテレビも新聞も信じていなかった。表面的な当たり障りのない言辞の裏に潜む真実を読み取る力を自然に身につけていた。見え見えの権力礼賛を繰り返す作家やジャーナリストでさえ、それを媚びへつらってやっているということを自覚せずにはいられなかった。そして、反体制派の知識人たちは、権力の意志に逆らう事で、自分の意志を繰り返し確認していた。
 さて、ソ連邦が崩壊し、一応民主主義と言論の自由を標榜する社会が出現すると、国民の意思を操作する方法は、太陽型になってきた。(中略)
 人々は、あたかも自らの自由な意思に基づいて、さして必要もない商品を次々と購入し、テレビのインタビューがあると、10人中9人が、あたかも自分の意見のように、テレビのキャスターや新聞の論調を反復する。そして、自分や自分とおなじ境遇の人々の利害に明らかに反する政策を推し進める政党にすすんで投票したりする。それが情報操作の結果であるなどと露ほども疑わない。(中略)
 魂の自由のためには、見せかけの自由よりは、自覚された束縛のほうがいいのかもしれない。(引用終了)
と、おっしゃっています。

 先人たちの、つかみとってきた、自由や平和を、わたしたちが浪費せず、未来につないでいきたいと思います。束縛されないところで、いかに自由や平和を大切に育めるか、それが先人たちが私たちに残してくれたメッセージだと思います。

 ちなみに、米原万里さんのエッセイはどれも示唆に富んで面白くおすすめです。なかでも、話題にもなった、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」と、「オリガ・モリソブナの反語法」の二つは、是非読んでみてください。
 
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by pantherH | 2005-11-02 01:19 | 趣味