「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:エッセイ( 3 )

わらびとり遠足

 小学校の図書館には「わらび文庫」というコーナーがあり、本の扉には「わらび文庫」と判が押され、日本の民話集や名作集がそこに収められていました。
 私の育った田舎は寒さのさめに米を作ることが叶いませんでした。住民達は貴重なでんぷんを求めて、春はわらびを採りその根を叩いてわらび粉を作り、栄養源や現金収入の糧にしていたのでした。わらびの生える山裾には今でもわらびを叩いた平たく大きな石が残されています。

 学校の図書とて例外ではありませんでした。毎年この季節になると、児童生徒総出でわらび採り遠足に出かけます。町の料理屋が1キロ300円ほどで買いとってくれたそのお金で図書館の本を買ったのが「わらび文庫」でした。おやつとお弁当をリックサックに入れて山の斜面を登り、トロッコの軌道跡を歩き、まだ誰も採っていないしろを求めて奥に奥にわらび採りに入ります。小学校の低学年でも、一日山を歩きまわれば3キロほどのわらびが採れます。山菜採りの上手なお兄ちゃんは一人で8キロも平気で採り、ついでにうどやゼンマイも採ってきます。

 採り終えて午後3時、広場で計量が行われます。かなり急な斜面を上った簡単に近づけないところに太くて長いわらびが出ているのだそうです。そんな秘密のしろを見付けられない私はせいぜい5キロ。長さを揃えて1キロずつ束ねて業者に渡します。ずるをして硬いわらびを忍ばせているとなんだかそわそわして落ち着かず、結局もう一度束ね直すことにします。そんなわらびが西日に照らされて方々に転がっています。向こうでは先生と料理屋の人とのやり取りが見え、灰汁にまみれた右手で鼻を拭いながら、いくらになったのだろうとわらびの束を数えます。

 高学年になると、自分の買いたい本をあらかじめ本屋さんから選ぶことが出来るようになります。カッコつけたい年頃の男子はこぞって一冊2000円もするような図鑑を買おうとしました。僕も例外ではなく天文図鑑を選びました。悲しいかな、結局最後まで読むことはありませんでした。ずっこけ三人組シリーズを選んでみんなから次読ましてと言われていたクラスメートを羨ましく思いました。

 中学になってもわらび採り遠足はありました。しかしわらび文庫なるものはなく、年に一度、社会見学に行くための費用に当てるためのものでした。全校生徒でバスを貸切って木曽路や安曇野、塩田平や松代など名所見学に出かけるための費用です。薬草採集などに比べるとわらびはかなり歩のいい商売でした。なんせ薬草は乾燥させて目方で売らなければならず、せっかく乾かしている最中に雨に降られて黴が生えてしまうと商品価値がなくなってしまうからです。また薬草採集は蚊との戦いでもあったのです。私達は薬草は止めて、その代わりわらびで稼ごうと考えました。多少の危険を冒しても太くて長いわらびの出るところに行こうと、女子のことなど顧みず、急な山の中腹に全校でわらびを採りに出かけました。狙いは的中し、昨年の実績の2倍近い収入になりました。

 社会見学のための費用のもう一つの柱は、畑で育てた作物を給食や父母に売って得たお金です。私達は得意になって、給食や親達が喜んで買うものを作付けし、なおかつ草引きや水遣りが簡単で夏休み中も放っておいて大丈夫なものにしようと考えました。これまでトウモロコシだピーマンだサツマイモだと色々植えていたものから、大半をジャガイモと葱に切り替えて、焼き芋用のサツマイモを少々と、四隅にかぼちゃを植えて畦にかぼちゃを這わせました。

 葱の収穫はそろそろ寒くなり始めたお鍋の季節だったので、予想以上の高値で瞬く間売れ、給食の週半分はジャガイモ料理だったので、ジャガイモも喜んで買って貰えました。全部自分たちで賄って行った焼肉食べ放題の夕食付き社会見学は格別の思い出でした。

 まだ母校ではわらび採り遠足に行っているのかしらと、ふと思い出したのでした。
[PR]
by pantherH | 2006-05-26 01:27 | エッセイ

もうすぐ春ですねぇ♪

 早いものでもう3月になります。e0074614_22412340.jpg窓のない部屋で仕事をしているとなかなか季節の移ろいを実感することは少ないのですが、子供時分は教室の窓から差込む太陽光線がだんだん短くなると、ああ春が来るのだなとワクワクさせられました。夏のギンギンの太陽とは違い、ジワーと滲むような光が、凍りついた世界や縮こまった体をほぐしてくれます。

 この季節になると決まってThe BeatlesのHere Comes the Sunが頭のなかをかけまわります。太陽の光に照らされて、つららからぽたぽた落ちる雫の音や、雪をかぶって物音ひとつしなかった小川から、ちょろちょろ流れるせせらぎの音が聞こえてきます。小川に注ぐきらきらと輝く水滴はもしかしたら「雪のひとひら」かもしれません。鳥たちのさえずりが聞こえます。一身にうけとめていた木々の枝から、音を立てて雪が落ち、木は伸びをしはじめました。もう少しすると、雪の下から「雪割り草」が黄色い花をつけて顔を出してきそうです。


Here comes the sun,
Here comes the sun, and I say
It's all right

Little darling, it's been a long cold lonely winter
Little darling, it feels like years since it's been here
Here comes the sun,
Here comes the sun, and I say
It's all right

Little darling, the smiles returning to the faces e0074614_2243486.jpg
Little darling, it seems like years since it's been here
Here comes the sun,
Here comes the sun, and I say
It's all right

Sun, sun, sun, here it comes
Sun, sun, sun, here it comes
Sun, sun, sun, here it comes
Sun, sun, sun, here it comes
Sun, sun, sun, here it comes

Little darling, I feel that ice is slowly melting
Little darling, it seems like years since it's been clear
Here comes the sun,
Here comes the sun, and I say
It's all right

Here comes the sun,
Here comes the sun, and I say
It's all right
It's all right

e0074614_2115587.jpge0074614_21153479.jpg
e0074614_22403921.jpg
大阪では梅が見頃になりました。

やさしく微笑うお日様よ、とかしておくれ『時間の花』も
[PR]
by pantherH | 2006-02-28 20:30 | エッセイ

飼鶏

 気位の高い鶏の産んだ黄金の卵の味が忘れられず、翌年、まだあどけない鶏を一度に五羽飼う事になりました。名前はどれもコッコと名付けました。先代のコッコが泊まった白樺の枝に、一度に五羽も泊まれるはずもありません。かといって、それぞれがお気に入りの木の枝を見つけてねぐらにするような習性も持ち合わしていないようです。先代のコッコが使っていた手狭な鶏小屋に、夜になると五羽仲良く寄り添って羽を休めています。

 街までトタンや金網、角材を買いに出掛け、父親と鶏小屋の新設作業に取りかかります。裏山に生えた若木を鋸でギコギコ切り倒し、鉈で枝をはらい、鎌で皮を剥いて止まり木を作ります。夏の間は小屋の扉を開放し、庭のミミズをついばむようにしておきましたが、私たちが餌を運んでくることを知ると、庭に出ていく度に近寄って餌をねだるようになりました。一度小屋で飼いはじめると、鶏たちは毎日私たちの運んでくる餌を当てにして、餌を求めて冒険するような事はなくなってしまいました。

 卵を産むとコケコッコーと雄叫びを上げてしまう可愛らしさは相変わらずです。林のあちらこちらから、五羽が輪唱するかのように雄叫びを上げる光景はとても賑やかです。さながら、私たち卵探索隊を幻惑させようと五羽が共同して鬼さんこちらと誘っているかのようです。しかし、黄金の卵の輝きも心なしか色あせて見えます。今思い返すと、裏山に植林された落葉松林は、先代のコッコの時代にはまだ背も低く、下草が豊富に生い茂っていました。ところが、年々落葉松は成長し、それとともに下草が姿を消してしまい、餌になるミミズが少なくなっていたのかもしれません。当時はそんな事には思いも及ばず、「怠け者のこいつ等め」と、罵っていたものでした。

 凍てつく冬が近づくと、鶏小屋に厚い透明なビニールを巻く作業を行います。真冬になると土はカチコチに凍ってしまうため、秋のうちに干し草を作り床に敷きます。木箱を入れて、少しでも地面から離してあげられるように工夫を凝らします。洗面器に入れた水はすぐに凍ってしまうため、朝晩水の交換と残飯と配合飼料を混ぜた餌を与えに鶏小屋に向かいます。扉を開けて餌箱に餌を広げると、鶏は一斉に餌を突つきはじめます。しかし、一羽だけ餌をついばもうにも、他の鶏に突つかれて餌箱からはじき出されてしまう鶏がいます。「こら、メンメっ」と、他の鶏を叱り、その鶏にも餌を与えようと試みますが、彼女らはおかまいなしに餌箱から一羽の鶏を排除します。それは寝る時も同じです。一羽だけ隅っこでぽつんとしょんぼり返って眠っているのです。次第に体力を失い、その鶏はとうとう衰弱死してしまったのでした。

 生存競争に打ち勝った四羽の鶏でしたが、間もなく一羽の鶏を仲間はずれにし始めました。前回の教訓からその鶏を別の小屋に避難させましたが、残りの三羽がまた一羽を仲間はずれにし始めます。もう鶏が恐ろしくて恐ろしくて、餌や水替えに行くのが苦痛で苦痛で仕がありませんでした。結局、ひと冬で二羽減り、三年経ってとうとう鶏は一羽になってしまいました。生存競争を勝ち抜いた前科者の鶏は、コーコーコーコと可愛い声を鳴らしながら、人間の後について歩くようになりました。逞しく土を掘り起こし、ミミズをついばむようにもなりましたが、先代の気位の高いコッコに感じた尊敬の念をとうとう抱く事は出来ませんでした。

 私は、理性の大切さと、飼育し囲う事の罪深さを感じたのでした。そして、「人間もまた自然の一部である」ということと、「人間は人間である」ということを鶏は教えてくれたのでした。
[PR]
by pantherH | 2006-02-10 20:12 | エッセイ