「ほっ」と。キャンペーン

<   2005年 10月 ( 14 )   > この月の画像一覧

わたしはブロイラーになるために生まれてきたんじゃない!!

 国家が国民の上に君臨する憲法。
 軍隊をもち、他国に赴く事も辞さない憲法。
 国家のためにまもれという憲法。
 徴兵制も合憲となる憲法。
 徴兵制を拒めば、軍事裁判所で処罰される憲法。
 たかだか第一党の党首が大統領になれる憲法。
 
 受験直前のレジメのような前文。
 
 国民主権て何?
 民主主義って何?
 自由主義って何?
 基本的人権の尊重て何?
 平和主義って何?
 国際協調主義って何?

 ことばの表層だけを盗むな。

 自由?
 公正?
 国民福祉の充実?
 教育の振興?
 文化の創造?
 地方自治の発展?
 
 よくもまあ、いけしゃあしゃあと。

 ああ、日本収容列島の到来だ。

 パスポートという外出許可書をもらえば、海外旅行にいける自由。
 収容されている事にすら、気づかないブロイラー。

 お金をだせば、好きなものを買える自由。
 そうして資本家を肥やしている事に、気づかないブロイラー。 

 ああ、日本収容列島の到来だ。
 
 わたしは、ブロイラーになるために生まれてきたんじゃない!!
 わたしは、人を殺めるために生まれてきたんじゃない!!

 
[PR]
by pantherH | 2005-10-30 02:21 | 社会

創価学会考

 世に倦む日々で創価学会を特集しています。そこで、前回あえて言及できなかった、世の中が2極分化すると、なぜ貧するものが創価学会の支持予備軍になるのか。その点について考えてみました。以下はあくまでも私の推測です。

 私は貧困層に食い込む創価学会の狙い目は、生活保護にあると思っています。生活保護とホームレスの決定的に違うこと、それは文字通り住所があるかないかということです。現実問題として、住所がないと生活保護をはじめとする行政サービスを受ける事はままなりません。当然の事ながら家を借りるには家賃負担できるだけの収入と信用が必要とされます。そこで、仮に学会が家賃の頭金を負担したら、あるいは保証人になってあげたら、ホームレスになるかもしれない人は救われます。こうすれば確実に一票公明党に入ります。家賃頭金負担の見返りに、学会に生活保護の一部が還流されているとしているとしても、それは本人の信仰の自由なわけです。
 また、生活保護の承認は厳しいと聞きます。例えば、学会婦人部が手伝って、行政に生活保護の申請があげられたとします。公明党議員が行政に軽く口を訊きます。窓口にも生活保護科にも学会員がいたら、スムーズに生活保護の承認が得られるかもしれません。きっと創価学会は頼もしいと映るでしょう。実際こういうことが起こっているかは知りません。しかし、戦略的に学会員を増やそうと思ったら、この手のことは誰でも容易に考えつくことです。
 ホームレスになるかもしれない人に一時的にではあるけれど、家賃負担を申し出てくれる団体が今の日本にありますか。もし、本当にこういう活動をしていたら、学会のしている事は、ひょっとすると現代日本版の救済なのかもしれません。
 どんなに福祉の充実を叫んでみても、保証人になってくれる人にはかないっこない。創価学会が強いのも合点がいくってなもんです。ほかの政党は、そういった創価学会と選挙で戦わなきゃいけないわけで勝てっこないんです。

 ところで、私は、公明党は自民党と民主党どちらとも組んで常に政権与党にいる政党になるのではないかとずっと思ってきました。最近認識がすこし変わってきています。今回の選挙前まではその可能性があったと思っています。仮にイラクで自衛隊員が死んだ時、公明党は、「自民党には付いていけない、我々は戦闘が起こらない事が前提でイラク派兵を支持したのだ」と詭弁を呈して、連立を解消しなければ、学会員に対して説明のしようがなかっただろうと思われます。そのような状況を公明党は懸念しながら、連立を組んでいただろうと思うのです。しかし、小泉純一郎はそのような状況を招いて政治的に公明党を追いつめては、自民党も公明党も共倒れしかねないことを見抜いていたのではないか。その前に解散する事で、結果的に自民党が公明党に貸しを作ったんだと思えてくるのです。

 おおっぴらに創価学会が自民党を支持すると、学会員の反発は大きい。自民党は他の宗教団体からの支持も失いかねない。おおっぴらな支持は双方にとってメリットはない。しかし、池田大作の意中の政党は自民党で、公明党は自民党と創価学会との関係をカムフラージュするための存在として存続させなければいけないと、小泉—池田ラインで了承されているのではないかと最近考えているわけです。

 しかし、人権関連の法案や中国との関係などそれだけでは説明がつけられない事も多いので、まだまだ確信には至らないといったところです。
[PR]
by pantherH | 2005-10-28 22:46 | 社会

The Edukators

 時事をcatch upするのはなかなか大変。違和感は感じていても、うまく文章にできないうちに、時事ものは過ぎ去って行く。
 そんなわけで、今日も時事とは関係なく、ちょっと前の映画の紹介(ネタバレしないように書くのってむずかしい〜、してたらごめんね)。

 「ベルリン・僕らの革命」(原題:The Edukators) (ハンス・ワインガルトナー監督)というドイツの映画を紹介します。「グッバイ・レーニン」や「ラベンダーの咲く庭で」で一躍注目若手俳優になった、ダニエル・ブリュールが主演の映画です。

 正義感の強いヤン(ダニエル・ブリュール)は、グローバル企業のナイキが、安い労働力としてアジアの子どもたちを働かせている実態などを、街頭で訴える活動をしています。さらに彼は友人ピーター(スタイブ・エルシェッグ、硬派ないいヤツです)と密かにお金持ちの住む邸宅に夜中こっそり忍び込み、部屋の模様替えをし、「ぜいたくは終わりだ」のメッセージを残す「テロ活動: The edukators」をしています。この活動の掟は、「絶対に盗まない」こと。
 友人が旅行で不在のとある日、ヤンはピーターの恋人ユール(ジュリア・ジェンチ)と仲良くなり彼女の悩みを知ることになります。その悩みとは、アウトバーンでベンツと接触事故を起こし、弁償費用として100万ユーロの借金を負ってしまい、毎月ウエイトレスのアルバイトで稼いだ費用も借金の返済にとられ、住み慣れたアパートから手頃なアパートへ引っ越さなくてはならない、ということでした。同情したヤンはピーターと二人だけの秘密、「The edukators」のことをユールに話してしまいます。それを聞いたユールは事故相手の生活を知りたいと言います。彼女を「テロ活動」に巻込むことにためらっていたヤンでしたが、二人で忍び込むことになりました。プール付きの家、何台もある高級車、ビンテージもののワイン。彼女が青春の大部分を捧げている借金の種ベンツは、資産家の男にとって道楽にすぎない現実を目の当たりにし、二人の模様替えはエスカレートして行きます。
 首尾よく「活動」を終え上機嫌に帰宅した二人。しかし、ユールの携帯電話が見当たりません。足がついて二人は犯罪者になってしまうかもしれない・・・。
 そこから物語は急展開。あとは観てのお楽しみ。

 「いまの世の中、複雑すぎてなにが諸悪の根源なのか、何に怒っていいのか分からない。」という主張に象徴される三人の若者の抱える閉塞感。革命といいながらも、ナイーブで、大それたことはできない自分。無関心な人々への啓発活動をしてはいるけど、どこまでも募る無力感。昔は反体制活動あったからいいよなー、今は犯罪だもの。この気持ちは、私を含めた今日の反体制の人々が抱えている気持ちに重なるのではないかなあ。
 一方、「昔は俺も反体制活動にどっぷりつかってたんだがな。みんな恋愛も楽しんどったよ」と語る資産家。人生の酸いも甘いも噛み締めて魅力的ですらある資産家に、団塊の世代が重なって見える。
 30数年前のあの熱はいったい何?
 なぜ、おなじ人が、今押し黙っているの?
 ・・・・・・。
 
 全編を貫く、もどかしさと危なっかしさに溢れた、友情と愛情の糸が織りなす青春物語。
 
 わたしはこの映画かなり好きです。若者の独善さがいい。映画に溢れる人に対する柔らかい視線がいい。紆余曲折を経て、緩いけど堅い関係を構築する若者。ラストも小気味いい。若いっていいなあ。瑞々しい感受性。イノセントな理想主義。それゆえに溢れる独善。ちょっと照れくさそうに振り返ってしまう、自分の青春が思いだされます。
 こんなふうに思う自分はかなりアナーキーなのかしらん。

 ところでなぜに今頃こんな映画を思いだしたのでしょう???
 こたえは、最近無性ーに、生駒の山から降り注がれる暴力に抗したい気持ちになるからでした。
 よくわからん・・・という人は是非みてね。
[PR]
by pantherH | 2005-10-28 02:06 | 映画

阪神しっかりしてや

 連夜のワンサイドゲーム。
 
 あれもこれも、村上ファンドのせいや。
 藤川の後ろ姿が、しくしく泣いてたやん。
 金本の兄貴、撃ってや。
 がんばれ、阪神。

 すいません。わたし、実は広島ファン。
 ライブドアがカープを買収?
 武部が裏でチョロチョロしてるやと。
 許しません。
 
 前田、緒方、黒田、新井頑張ってや。

 それから、なにより スカウト しっかりしてや。
 広島カープの生命線やしな。
[PR]
by pantherH | 2005-10-26 00:01

TN君の伝記

私のblogの名前は、「TN君の伝記」 (なだいなだ著、福音館書店)から、拝借しています。

わたしは、小学校6年生か、中学1、2年生のときに、この本と出会いました。
漸く、本が届いたので、久しぶりに読みなおしました。
あらためて、胸がギュンとしめつけられ、目頭が熱くなりました。

わたしは、「TN君の伝記」を読んで、民主主義とはなにかを子どもながらに知りました。

民主主義とは与えられるものではなく、勝ち取るものであることを知りました。
民主主義を勝ち取るために、沢山の人の血が流されたことも知りました。

権力は民衆を管理しようとすることを知りました。
民衆を管理しようと思ったら、まず自由な言論が奪われることを知りました。
政府や管理された新聞の伝えることの裏には、べつの意図があるということも知りました。

権力に立ち向かうときには、民衆は手を組まなければいけないことを知りました。
うかうかしていると、気づいたときにはもう引き返せないということを知りました。
自由な言論を奪われ、愛国心ということばで、おかしいと思う自由すら奪われて戦争に突入して行ったことも知りました。

民衆はすぐにあつくなる。民衆はだまされやすい。そして民衆は忘れっぽい。
TN君は、その民衆に、どのような社会に変えるのか、どのようにして変えるのか、そして政府はどのように変えようとしているのか、一生懸命啓蒙しました。
そして、人民一人一人が、自己に目覚めてほしいとせつに願いました。

TN君は明治時代に活躍した人物ですが、彼の伝えたかったメッセージは、今まさに私たちが生きている時代に対するメッセージにもほかなりません。

希望を失っている子どもたち、ついマッチョなことばに誘惑される子どもたち、そして、何よりも今の日本の状況に孤独と絶望を感じている大人たちに是非読んでもらいたい本です。


e0074614_1473794.jpg

[PR]
by pantherH | 2005-10-25 01:55 | 社会

みみっちい

 ちょっと古いはなしで恐縮です。先日、日本は常任理事国入りを果たすために、アフリカ諸国に対し、援助という旨味で票の買収獲得工作を行ったり、国連分担金の負担率に相応しい責任を、というアピールをしていました。しかし、アジア諸国のみならずアメリカからも難色を示されて、その夢は頓挫してしまいました。先週、その舌の乾かぬうちに、日本の国連大使は、「日本の国連分担金をまけろ」といった趣旨の発言を国連で行いました。日本のマスコミも、アメリカ以外の常任理事国4カ国合計で15.3%なのに対し、日本は非常任理事国にもかかわらず、19.5%も負担していて不公平だと口を揃えています。

 はあ〜?  なんて、みみっちい。

 マスコミでは分担比率しか示していないことが多いけど、はたして分担額はどれほどなのかと。
 外務省のホームページによると、国連分担金は346.4百万ドル、日本円で約400億円。先に行われた、問題たっぷりの国勢調査。ウィキペディアによると、その費用は650億円。先に行われた、これまた問題たっぷりの衆議院選挙。2003年の衆議院選挙でかかった費用は760億円というから、約800億円計上。

 軍事力によらない日本外交の基本の一つとしての国連外交。戦闘機一機買う費用の四分の一で、国連における発言力と責任ある立場と尊敬を獲得できるのだとしたら、安いもんじゃないか。
 外務官僚たちの、みみっちく、卑しい発想に反吐がでそうです。
 せめて、日本人の総意ではないということを分かってほしいです。 

 国連分担金は国連通常予算の費用(約2000億円もある)で、最近国連における不正流用や横領が話題になっています。「まけろ」なんて言わず、むしろ不透明な国連の会計にこそ意見をすべきです。しかし、所詮日本の官僚、自分のことを棚に上げて、「不正流用けしからん。会計の透明化を」とは、良心の呵責にかられて言えないのかもしれません。
[PR]
by pantherH | 2005-10-24 23:37 | 社会

靖国参拝に関する朝日新聞の世論調査

10月19日朝刊の朝日新聞一面に、首相の靖国参拝賛否二分という記事があリます.

 小泉首相が靖国神社を参拝した直後の17日夜から18日にかけて、朝日新聞社は緊急の全国世論調査(電話)を実施した. 首相が参拝したことを「よかった」とする人は42%,「参拝するべきではなかった」は41%で、賛否が二分された.参拝に対し中国、韓国は反発を強めているが、両国との関係悪化を「大いに」「ある程度」心配しているヒトは合わせて65%に上った.両国の反発を政府が「重く受け止めるべきだ」とした人も53%いた.参拝の評価が割れる一方で,周辺国への配慮を重視する意見の強いことが改めて示された.と伝えています.これを受けて、小泉首相周辺は「微妙な結果だ」としながらも、まずは世論の強い反発は避けられたとの安堵感をもって受け止めている.と記事にはあります.(一部引用しています)

 この記事を読んで、「本当ですかその世論調査?」と疑問をもたざるを得ません.
 調査方法を読むと、「朝日RDD方式」で電話調査をした.対象者の選び方は無作為3段抽出法。有効回答数978人,回答率56%.と記してあります.

 「朝日RDD方式」とは「朝日ランダム・デジット・ダイヤリング(RDD)方式」の略で、 コンピューターで数字を無作為に組み合わせて調査対象の電話番号を作成するシステムらしいです.しかし、この調査方法に関し思いつくだけでも、携帯電話の普及とともに固定電話設置対象者が各世代や地域を代表していない点,調査された時間帯により対象者がある集団に偏るという点,電話調査のため相手の正確な世代等までは分からない点、調査内容がかなり思想調査に近いため調査対象者による意図的な回答回避が起こる可能性がある点、など様々な問題点やバイアスがあります.

 また、有効回答数(N)が1000未満で回答率が56%しかなく,統計上の誤差は±3%に上ります.(誤差に関してはここを参考)もし手間とお金を惜しますにもっとたくさんのサンプルを集めれば違う結果になっていたかもしれないのです.

 私は統計について全くの素人ですが,統計は2群間に差がないとする仮説を棄却することにより有為差を証明するものだそうです.とするならば,両者に統計的に差があることを証明することは、両者に統計的に差があるとはいえないことを示すのに比べ遥かに大変だろうと思います.また、両者に統計的に差がないということと、差があるとは言えないということとは全く次元の違うものであることが推測されます.今回の(いやいつもそうですが)世論調査の数字は、「よかった」と思う群と「よくなかった」と思う群に、サンプル数の不足により統計的に有意な差は認められなかったのであって,統計的に差がなかった訳ではないことになります.(混乱しますが・・・)

 したがってこのような世論調査の数字は、書き手によりいかようにでも書くことができます.朝日新聞および首相サイドは、この結果を自分に都合良く解釈して,今回の靖国参拝は国内世論的にはたいした問題にはならなかったと言うムードを作り出し、靖国参拝の問題を中国と韓国に対する外交問題に矮小化するのに世論調査を巧みに利用しています.

 ちなみに、6月28日のasahi.comによると、首相の靖国参拝に関する世論調査(朝日RDD方式,無作為三段抽出法,有効回答は1869人、回答率は58%)によると、「やめた方がよい」と答えた人が52%と過半数を占め、「続けた方がよい」は36%だった。と記載されています.単純に考えて、参拝したあとで「やめた方がよい」と考える人の割合が58%から41%に17%も下がっているのっておかしくありませんか?

 国民が「ぶれない」小泉首相に麻痺してしまったのか,朝日新聞が世論調査を利用して世論操作をしていると思えてなりません.選挙中の郵政民営化礼賛記事といい、靖国参拝に関する社説といいこのごろの朝日新聞の変節は読むに耐えられません.何とかなんないものかと憂いてしまいます.
[PR]
by pantherH | 2005-10-20 02:03 | 社会

小泉靖国参拝から見える公明党の欺瞞

 昨日はあまりの憤りに過激な文章を書いてしまいましたが,今日は小泉靖国参拝と公明党の関係を考えてみたいと思います.

 この度の靖国参拝について,木偶の妄言では、外交で毅然とした態度を取れるのが靖国参拝(=対中韓)だけであり、靖国参拝を中止することは、小泉首相の人気の源泉である「妥協しない」「屈しない」というイメージを崩しかねない。からだと分析しています.
 また、世に倦む日々では、①挑発外交とその反動喚起による国内右傾化の促進、②改革ファシズム選挙の記憶消去、③サプライズ人事の演出効果装置。であると分析しています.
 いずれも示唆に富みたいへん説得力があります.

 私はもう一つ引っかかることがあります.選挙前に靖国参拝を見送った理由は、争点のマスク以外に創価学会票に慮ってのことという見方もありました.もしそうであるなら,今回の参拝について小泉首相は公明党・創価学会に対してどのようなエクスキューズをするのでしょうか?

 公明新聞ネット版によると、小泉首相は公明党に対し,「事前に公明党に報告すれば、かえって迷惑を掛けるのではないかと考え、あえて報告せずに参拝した」とコメントし,これに対し神崎代表は、「一言連絡してほしかった.首相が参拝したことは、誠に残念だ。首相として、国民、さらにアジア諸国民に対して、なぜ今回参拝されたのか、真意はどこにあるのかをしっかり説明していくことが大事だ。」と発言しています.しかし一連の発言から小泉靖国参拝に真剣に反対している様子は伺えません.ここから見えてくることは,公明党の靖国神社参拝反対は創価学会員および国民に対し「公明党は平和を希求する党である」というイメージ戦略なのではないかという点です.今回の衆議院選挙で公明党の掲げたマニュフェストは、端的に言って、新自由主義へのコミットメントと公務員に対する敵対心であると思われます(他の政策提言はどの党もそれらしいことばで書かれてますから割愛します).大阪における共産党の凋落と公明党の大躍進は,生活保護などを受けている人々が、共産党支持から公明党支持に大きくシフトしたからだと思われます.また公務員削減を掲げる政策は共産党支持基盤を弱体化し公明党支持に引き込む計算が見え隠れします.すなわち新自由主義により2極分化することは,公明党および創価学会支持者として取込むことが可能なため,党執行部は小泉新自由主義体制に積極的に加担しているのだと思われます.この学会および党拡大戦略のもとでは、公明党の綱領であるところの「人間主義の政治」「生活者重視」「世界あっての日本」といった理念は背後に押しやられ,富めるものは自民に,貧するものは公明にのスローガンのもと自民党と公明党が両輪となって新自由主義を牽引しているかのようです.
  さらに穿った見方をすれば,創価学会にとって公明党はもはや不要の長物で,新自由主義を進める自民党こそ学会の発展に寄与する政党である.公明党は背後からそのことを突きつけられていて、創価学会=自民党,公明党=捨てられた党、となるのを必死に隠蔽する役回りを演じているのではないかと思えて来ます.
 
[PR]
by pantherH | 2005-10-18 01:21 | 社会

いいかげんにしてくれ

いいかげんにしてくれ、サディストよ.
国民のこころ傷つけうれしいか.

いいかげんにしてくれ、ナルシストよ.
日本国憲法なんかへっちゃらか.

いいかげんにしてくれ、ファシストよ.
民主主義そんなものはままごとか.

いいかげんにしてくれ、エゴイストよ.
国政を私物化できて快感か.

いいかげんにしてくれ、レイシストよ.
近隣の人々なんかヒト以下か.

いいかげんにしてくれ、ポピュリストよ.
スーツ着てればわたくしか.

いいかげんにしてくれ、テロリストよ.
血の味がたまらんか.

この屈辱にレッテル貼らずにいられない.
この屈辱に殺意すらも沸き上がる.
バカにするな.この冷血漢よ.
人間をかえせ、自由をかえせ、尊厳をかえせ


e0074614_22425145.jpg

[PR]
by pantherH | 2005-10-17 22:59 | 社会

ことば

 昨日の 世に倦む日々 「改革」をどうするのか − 政治言語としての「改革」の揚棄では、新自由主義が自らの毒性と魔性を隠蔽するための言語装置であり、大衆を観念操作し政治誘導する虚偽意識である「改革」という言葉を、プラスシンボルからマイナスシンボルに転換,失墜させなければならないと主張されています.まったくその通りで、この「改革」という言葉のもつプラスイメージによりどれだけ「小泉改革の実態」を説明するのに苦労し、「改革の実態」を理解するのにこのプラスイメージによりどれだけ自分自身混乱を来し、どれだけ歯がゆく思ったことでしょう.

 「ペンは剣よりも強し」に象徴されるように、民主主義は「ことば」によって担われています.民主主義を尊重する人々は、ことばのもつ「意味」に敏感で、その運用に常に配慮をして来ました.議論する際も、そのことばの定義に神経を使い、相互の了解する意味として用いて来ました.しかし,本来もつことばの意味を全く逆の意味にすりかえる天才小泉により、私たちのことばは「ことばの意味」「ことばの歴史」が奪われ,「ことばのイメージ」だけが巨大な怪物となり一人歩きしてしまいました.法による言論の弾圧のみならず,「ことばの無力化」により、言論の無力化を周到にやられていることを日々実感してしまいます.

 例えば,イラクでの人質事件のときにさかんに使われた「自己責任」ということば.本来「自己責任」とは、責任を負う「本人」が用いることばであって、第三者が本人に対して用いることばではありません.
 イラクへの自衛隊派兵の際に用いられた「国際貢献」ということば.日本国憲法下の国際貢献は「平和外交」であり、「国際協調外交」であるにもかかわらず,「軍事外交」「アメリカ追随」を「国際貢献」というこばに変換してしまいました.同様に,「人的貢献」ということばも「自衛隊派兵」にすり替わってしまいました.
 「民」ということば.「国民」「市民」という意味で用いられるべきことばが,「私物化」「私有化」をマスクすることばにすり替わってしまいました.
 そして今は「改正」「人権擁護」「自立支援」「国民投票」ということばのイメージを最大限利用して、全く反対のことを押し進めようとしています.

 政治的なことばだけではありません.
 人間の傲慢さや死生観に一石投じるつもりで用いる、「ひとは生かされた存在である」ということばは,「こころのノート」などによる国家主義にかすめ取られてしまいかねず,不用意には使うことも出来ません.
 「安全」や「健康」ということばは,「絶対」という概念とはなじまないにも関らず,「絶対」ということばにかすめ取られてファッショの基礎を築いています.

 「ことばの無力化」あるいは「ことばのかすめ取り」にたいする抵抗は非常に重要なことだと思います.辱められてしまったことばを揚棄すべきなんでしょうか。あるいは必死に復権を試みるべきなんでしょうか.ことばに対し葛藤を抱える毎日です.
[PR]
by pantherH | 2005-10-14 01:45