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岩村昇先生

 誰しも、あの人は今どうしているのだろうか、とふと思うことがあります。数年に一度、そういえばあの人はどうしてるのかな、名前はなんとおっしゃったかな、とわたしの脳裏をよぎる方、岩村昇さんが、27日亡くなられました。

 中学生の頃の読書感想文の学校推薦図書で読んだ本で先生のことを知りました。残念ながら本のタイトルもも忘れてしまいましたが、(「ネパールの碧い空」かなー??)ネパールの僻地へ赴き、結核やハンセン氏病の治療に取り組んでいらっしゃった方。古切手を収集してお金に変え、ネパールの子どもたちに鉛筆や文房具を届ける活動を、1960年代からつづけていらっしゃった方。子どもや現地の人々への優しい視線に、子ども心ながら、いたく感動し、かっこいい人だなと思ったものでした。

 月日の経過とともに、先生の名前も忘れ、ペシャワールの会の、中村哲先生をテレビや新聞で見かけると、そういえばネパールの先生はどうしてらっしゃるのかなと、ふと、思いだす程度でした。昨日の朝刊で訃報に接し、しまった、気に留めるだけでなく、そのとき調べることだって出来たのに。何をしていたんだ、とすごく後悔の念が沸き上がりました。遅ればせながら、netで検索してみました。岩村先生の温かい人柄が伝わるメッセージと、人間の堕落と輝きに対する視線が時代を超えて伝わってきます。
 
 あー、素敵な人はみんな逝ってしまうなー。戦争を体験した年を重ねゆく素敵な先輩たちから、少しでも多く、なるたけ生で、学んでいかなきゃ、としみじみ思います。こちらも、あまり時間がないんですね。

 岩村昇先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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by pantherH | 2005-11-30 01:17 | 社会

西村真悟議員逮捕の裏を読む

 今日は、西村真悟がなぜ今頃逮捕されたのかについて、考えていました。基本的に陰謀論は好きではないのですが、かなり裏があるようで気になります。以下の文章は全く裏を取っていない、私の邪推ですので、その点をお断りしておきます。

 西村真悟といえば、超党派で作る、拉致議連の幹事長で、対北朝鮮経済制裁や尖閣諸島問題などでタカ派的発言をしていた議員であることは、言わずもがなです。その議員が、これまた、みんなやってんだろうなーと思うような一件で逮捕されました。かねてより、マスコミを通じてあれだけ北朝鮮を悪者に仕立て上げているにもかかわらず、小泉首相は経済制裁などをなぜ行わないのか、その意図がどこにあるのか不思議に思っておりましたが、今回の件でその意図が少し分かったような気がします。

 すなわち、今回の逮捕は、小泉首相お得意のサプライズ、すなわち、近々、北朝鮮を訪問し、事実上拉致問題を終結し、国交正常化を行う為の布石なのではないか、ということです。曽我ひとみさんら5人が帰国して以降、小泉首相の拉致被害者に対して誠意は全く感じられず、むしろ迷惑そうですらありました。国交正常化にあたり、国内向けには、「拉致被害者の情報収集及び救出は国交正常化後も引き続き、正式な外交ルートを通じて粛々と進めていきたい。極東アジアにおける我が国の安全保障上北朝鮮と国交を正常化することは非常に重要なことである」とコメントし、自らが招いた極東アジアにおける緊張状態を、自らの政治手腕により収束を図る狙いがあるのではないでしょうか。
 このような手法に強く反発する勢力は、拉致被害者の問題以上に、金正日体制が気に入らない右翼や民族主義者のみで、中韓と叫んでいる小泉シンパのネット右翼たちは、「拉致被害者ってむしろうざい」と言って小泉を支持するだろうと思われます。また、左翼は不必要に緊張関係を生みだすことにもともと批判的なので、拉致問題は今後も粛々と交渉を続けると言うコメントを受けて、国交正常化に理解ないし歓迎を示すだろうと、小泉サイドは読んでいるのではないでしょうか。その中で、マスコミを祝賀ムードに向けるのに、最も目障りであったのが、西村真悟だったというわけです。

 安倍晋三は?という疑問が当然湧いてきます。官房長官であり、拉致問題に積極的に発言し、家族会からの信頼も厚いのに、なぜそれを許すのでしょうか。一見そのようにも見えますが、もともと彼には、拉致問題を引き受けて全力を挙げて北朝鮮と交渉するといった気概はなく、安全なところから、「北朝鮮に制裁を」と叫んでいるスタンスであったように思います。西村真悟の代わりに、拉致問題の先頭にたって政治生命をかけて交渉に臨むことは、ポスト小泉を考えるとあまりにもリスキーで、小泉既定路線の方が自分にも都合がいいと考えているのではないかと思われます。

 また、小泉訪朝以降、大手ゼネコンや商社数十社が、国交正常化後の利権を求めて、北朝鮮に視察に出掛けているという情報も、随分前に見た記憶があり、産業界からも日朝国交正常化を強く迫られていて、その利権に政治屋もかんでいる可能性があるのではないかと思われます。また、これらは全て平壌宣言で既に規定事実だったのかも、なにせ年金問題で国内世論が逆風だったときに、失地回復とばかりに行った北朝鮮だから、かなり足下を見られていただろうなと邪推してしまいます。

 そして、お決まりのアメリカは、北朝鮮に眼を奪われているスキに、米軍再編問題を終結させてしまおうとの魂胆があるのではないでしょうか。そして、反米に向く可能性のある芽を早めに摘むぞという無言の脅迫を醸し出しているように感じます。

 いやー、小泉連合は本当に手強いと思います。
 すべて推測で書きましたが、今後どうなるか注目していきたいと思います。
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by pantherH | 2005-11-29 01:06

専門家の仕事

 常々、専門家の仕事とは何だろうかということを、漠然と考えていました。特に、人と接する仕事に就く専門家の仕事とはなんだろうかと。非常に抽象的で主観的なのですが、わたしは、一つの結論に至りました。それは、「大丈夫です」ということばを引き受けることではないかということです。すなわち、専門家は究極的には楽観主義を与えることが、その役割なのではないか、ということです。なぜそう思うのか、論理立てて説明することは難しいのですが、具体例を挙げてみようと思います。

 例えば、学校の先生。授業をしようと思っても、クラスは騒々しくて授業にもなりません。注意をしたら逆切れされたり、登校拒否になるかもしれません。このような問題児は、精神科で専門の先生に診てもらって、薬を処方してもらい、出来ればうちのクラスから切り離して欲しいと思うかもしれません。子どもたちは、勉強についていけず、腕白にエネルギーを発散するところもなく、どうしていいか分からない心のモヤモヤをただ抱えているだけなのに。そこで、専門家である教師が、「大丈夫ですよ、この子はそんなに変わった子ではありません」ということばを引き受けたら、子どもたちはどれだけ心強いでしょうか。教師は、「大丈夫です」ということばを発するにあたり、子どもへの愛情はもとより、多くの人に協力を仰ぎ、子どもたちの一番近くで自らが右往左往しなければいけません。最近の家族環境を考えると、教師が「大丈夫です」ということばを発するには、相当の覚悟と気概を要します。それ故いっそう子どもたちは、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた教師に思慕の念を抱くのです。

 例えば、医者。心筋梗塞をおこし、集中治療室で治療を受けたことがある患者が退院します。退院時に主治医から、徐々に体を慣らして行くようにという指導と、再梗塞をおこす可能性についての説明を受けます。退院した患者は、徐々に体を動かそうと思っても、再発が怖くてなかなか出来ません。そこで、専門家である医者が、「大丈夫ですよ、再発を防ぐ為にこちらも最善を尽くしましょう」ということばを引き受けたら、患者の生活はもっと不安から解放されるでしょう。医者は、「大丈夫です」ということばを発するにあたり、インフォームド・コンセントはもとより、最大限の再発予防の努力と注意と誠意を注がなくてはいけません。昨今の状況を鑑みると、医者は安易に「大丈夫です」ということばは言えません。それ故いっそう患者は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた医者に信頼を寄せるのです。

 例えば、経済学者。日本の財政赤字が1000兆円にも達することは周知の事実です。箱ものによる利益誘導型の政治をしていたから財政が破綻したのだ、官僚の天下り先として特殊法人を無数に作ったのが原因だ、等々原因を指摘したらいくらでもあるでしょう。このままでは日本が危ない、という見通しを語れば語るだけ、国民も不安と絶望感で希望すら持ち得なくなってしまいます。そこで、専門家である経済学者が、「大丈夫ですよ、増税をせずに財政再建するべく知恵を絞りましょう」ということばを引き受けたら、国民の生活は今より明るくなることでしょう。経済学者がこのことばを発するにあたり、アカウンタビリティーはもとより、緻密で正確な状況分析と、柔軟で豊富なアイディアを注がなくてはいけません。たしかに、昨今の状況をみると、経済学者は容易には「大丈夫です」とは言えません。それ故にいっそう国民は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた学者に尊敬の念を抱くのです。

 例えば、政治家や官僚。北朝鮮は日本人を拉致し、核武装もしようとしています。中国が急速に国際的影響力を増し、人民解放軍も軍備拡大に余念がありません。来るべき危機に向けて、憲法を変えて日米同盟を強化する以外選択肢はないといいます。近隣諸国との関係悪化の不安を煽られ、国民は対米追随以外に選択肢はないのかと虚無感を募らせます。そこで、政治家や官僚が、「大丈夫です、緊張緩和と国益の為に外交努力を全力で尽くします」ということばを引き受けたら、国民の虚無感や劣等感は和らぐことでしょう。政治家や官僚がこのことばを発するにあたり、自らのビジョンを真摯に語ることはもとより、他者の主張にも傾聴し、信頼関係の構築に、柔軟かつ大胆に、そして忍耐強く取り組まなくてはいけません。今日の複雑な国際情勢を慮ると、「大丈夫です」とはなかなか言える状況にはないかもしれません。それ故にいっそう国民は、「大丈夫です」と覚悟を引き受けてくれた政治家や官僚についていくのです。

 一方、覚悟を引き受けずに、安易に「大丈夫ですよ」ということばを発することは、カルト的でさえあり、人々の疑心暗鬼を助長し、かえって信頼を損ねてしまいます。では、覚悟を引き受けるとはどういうことなのか。この点について考えると、「実践する」ということにほかならないことに気づかされます。実践するというアクションがあるから、「なんとかする」、そして、「なんとかなる」という希望が生まれるのです。

 ところで、専門家に全てを委ねて、「なんとかしろ」とのたまわっている私たち。すぐに専門家の見解を求め、自ら考えることを放棄し、ひとたび問題が起こると糾弾することにのみ躍起になる。この他人任せの態度が、「実践」の芽を摘み、更なる無責任体質を助長していることも事実です。子育てから、健康、国政にいたるまで、専門家に覚悟を要求するばかりではなく、私たちも当事者として右往左往しながら、関わり学習していかなくてはいけないのだと思います。

 昨今の、一億総無責任化している社会から、一歩ぬけだすためにはどうしたらいいのだろうかと考えると、やっぱり、「双方の実践」なんだよなーと改めて思ってしまいます。
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by pantherH | 2005-11-25 20:34 | 社会

気位の高い鶏

 ある日、近所の人が、鶏を拾ってきました。自分の家では飼えないので飼ってくれないかとのことです。その鶏は年を取って卵を産まなくなったので捨てられたのだそうです。その鶏には、コッコという名前をつけました。鳥小屋を大至急作ったのですが、コッコは小屋で眠りません。いつも暗くなると、家の前の白樺に登り、その枝で羽を休めます。朝になると、コンドルのように枝から滑空して降りてきます。コッコは、農協で買った配合飼料を与えても見向きもしません。いつもミミズや虫を美味しそうに食べます。

 飼いはじめてしばらくすると、林の方から雄鶏のようにコケコッコーと鳴く声が聞こえます。イタチでも現れたのでしょうか。見に行きますがそのような動物は見当たりません。翌日も同じようにコケコッコーと鳴く声が聞こえます。そしてその次の日も・・・。そうです。コッコは卵を産むようになったのです。卵を産み落とした後、コッコは興奮のあまりコケコッコーと鳴いてしまうのです。卵を隠すべく、コッコは転々と巣を変えます。しかし、卵を産んだ後、コケコッコーと鳴いてしまう性は治りません。子どもたちは鳴いた方角を聞き分けて毎日卵探しに出掛けます。ミミズや虫から育った卵の黄身は、橙色に輝き、こんもりと盛り上がっています。その色のあまりの鮮やかさに、少々気味が悪いくらいです。

 ある日、コッコにも家族を作ってあげようと、近所の農家から雄鶏を一羽譲り受けました。野生の生活に慣れていないお婿さんは、いつもコッコの後ろをついて回ります。ミミズもうまいこと獲ることが出来ません。でも、精一杯頑張って、夜も白樺の枝で眠ります。ある晩、外でけたたましい鶏の鳴き声が響きました。あわてて外へ出て見ると、お婿さんがテンに引かれてゆくのが見えます。月明かりに照らされて、その残像の美しいこと。お婿さんは、慣れない野生生活を必死に頑張ったのですが、どうしてもコッコが羽を休めるもう一段高い枝に登ることが出来なかったのでした。

 三度目の冬を越し、徐々にコッコにも衰えをみとめはじめました。卵の殻も今までのように頑丈ではなくなり、黄身の色も盛り上がりも心なしか寂しげになりました。コッコと呼ぶと、ダチョウのように走ってきたコッコが、かすかにコーコッコッコと鳴くばかりです。

 夕方、いつもいるはずの白樺の枝に、コッコの姿が見えません。コッコーと、庭や林中を探しまわります。明くる日も、その明くる日もコッコーと探します。しかし、コッコは帰ってきません。とうとう、裏山にコッコを探しに行くことにしました。裏山を中腹まで登ると、そこに半分テンか狐に食べられたコッコの亡骸がありました。悲しくて悲しくて、一目散で山を駆け下り、母親に泣きながらそのことを話しました。母は、「もうすぐ死ぬって分かったコッコは、自ら山を登っていったのよ。」と、言いました。

 気位の高いコッコは、自らの身を食物連鎖に差し出したのでした。
 
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by pantherH | 2005-11-22 00:51 | 趣味

晩秋の想い出

 紅葉をきれいなものだと思うようになったのは、中学生になってからでしょうか。それまでは、恐怖、気持ち悪い、という印象だったように思います。昨日までみどり色をしていた山々が、翌朝目を覚ますと、絵の具をたらしたように、赤や黄色に変わっている。翌朝には、赤や黄色の絵の具は雪崩のように山から里に迫ってきます。絵の具の雪崩に飲み込まれてしまうのではないかと、朝起きて山を観るのが怖かったものでした。
 最近はそんな劇的な紅葉を観ることはなくなりましたが、この季節になると、恐怖感いっぱいに眺めた、田舎の紅葉が懐かしく思いだされます。

 落葉松の紅葉が終わる頃、野沢菜の漬け込みが始まります。菜っ葉の中に入り込んだ落葉松の葉っぱを、凍てつく水で洗い、一握り程に束ねていくのが子どもたちの仕事でした。時期を逸して霜や雪が降ると、葉が凍(し)みて葉色が黄色くなり、美味しくなくなってしまいます。「今度の日曜日は野沢菜漬けるわよ」という母のことばを聞くのは恐怖で、テストを理由にさぼりたいとよく思ったものでした。今でも母はこの時期、野沢菜を漬けているようですが、「最近は昔ほどそんなに寒くないのよ、それにお湯で洗っているの、有り難いわ。」と言っています。「昔のように一晩で辺り一面が変わってしまうような紅葉もなくなってしまったわ。」とも。

 私の好きなエッセイスト、数学者の藤原正彦さんは、今現代人が取り戻さなくてはいけないものは、情緒だとおっしゃっています。地方の切り捨て、地方の没落は情緒を育む環境のみならずそこに住む人々の生活や精神を荒廃させてしまいます。一方で地方振興の為の箱ものによる利益誘導政策は、やはり情緒を育む環境や精神を荒廃させてきました。貧しかった自分の子ども時代の想い出を振り返ると、失われつつある大切なものについて考ずにはいられません。そして、それらを未来に伝えていく為にどうしたらいいのかを考えると、途方に暮れてしまうのでした。

 そろそろ、私の故郷には初雪の便りが訪れる頃でしょうか。

 目覚めると赤や黄色の雪崩くる
 かじかむ手息であたため御菜洗い
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by pantherH | 2005-11-20 19:50 | 趣味

出会い

 土曜の夜、街に飲みに出掛ける。焼き鳥を食べたあと、焼酎専門のbarに入る。私の左に、40代後半の単身赴任の男性が座る。沖縄の焼酎の蔵元の話や、出張や単身赴任で赴いた日本各地の名勝の話で盛り上がる。週末は一週間の夕餉の準備をするのだそう。ちょっとした工夫で、同じ食材で、色々なバリエーションが出来るのだそう。18歳になる娘さんの話を嬉しそうに話される。焼酎の飲み比べをしながら、2時間ほど談笑し、彼はアパートに戻る。

 続いて、右の席に20代の若いお兄ちゃんが座る。サッカーネタで盛り上がる。彼はフットサルチームに所属していて、毎週末、同じく飲み屋で知り合った、上は50代から下は20代、女の子も交えてフットサルをしているのだそう。フットサルか・・・。昔、試験明けには仲間を集めてフットサルに興じていたことを思いだす。良かったら、明日フットサルしに来ませんか?と声をかけられる。本当ですか?ここ何年も全く運動していないけれども大丈夫ですか?そんな人たちばかりですよ。と、彼。
 結局、4合も焼酎を空ける。

 朝、目覚めると案の定頭が痛い。かねてから待ちこがれていた、フットサルとの出会いのチャンスをふいにするのはもったいない。重い体を起こし、大量の水でなんとか体調を整える。

 フットサル場に駆けつけると、昨日の兄ちゃんが、あ、来たんですね。と、少し驚いた表情で、昨日飲み屋で知り合った方です。と、みんなに紹介してくれる。
 何年ぶりかのまともなダッシュ。足が回らず、今にも転びそうになる。子どもの頃運動会で見た父親たちの転倒シーンがよみがえる。息をゼーゼーきらしながらなんとか試合をつづける。きっと、顔色は真っ青だろう。肉体の衰えを否応なく認識させられる。みんな私をいたわりながらパスをだしてくれる。次の試合はゴールキーパーでお茶を濁させてもらう。試合をつづけていくうちに、足が少しずつ動くようになる。体も徐々に軽くなる。シュートも一本決めることが出来た。ちょっと嬉しい。
 日が傾く頃、今後のスケジュールをメールしてもらうことを約束して、帰路につく。

 なんと心地よい疲労感だろう。なんて楽しい出会いだったことか。
 
 人生は、いろいろな人と出会う為にある、ということを教えてくれた、数日間だった。
 
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by pantherH | 2005-11-13 23:07 | 趣味

T.N.君ごまかせり

玄耕庵日乗さん、ありがとう。あなたは、夢みる心と正義感に溢れたお方です。

期待はしてるんだけどささん、ありがとう。私は君をとってもいい人だと思ってます。

トドさん、ありがとう。わたしはあなたを善意の人だと思います。

とくらさん、ありがとう。あなたは本当に優しく面倒見のいい素敵なお方です。

thessalonikeさん、ありがとう。ブロガー同盟を立ち上げた貴方には感謝の気持ちで一杯です。

さて、T.N.君こと、わたくしは、恋煩いに忙しく、同盟をしばし休憩する事に致します。

皆様のご活躍とご発展を心よりお祈り申し上げます。

T.N.君の日記
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by pantherH | 2005-11-11 21:11 | 社会

トラックバックセンター構想

 ひょんなことから、TBセンターを作らないかと持ちかけられました。毎晩、今日アップされた記事とそのTBを覗いたり、お気に入りのbloggerのアップを求めて何度もさまよったり、何度もおなじ記事にぶちあたったり、かなり時間と労力を費やしていました。それでいて、情報の集積という面ではかなり非効率。反小泉ブロガー同盟が立ち上がってから、一ヶ月強経過して、だんだん内々になってきたかなという印象もあり、TBセンターを作るというのはいいアイディアだなと思いました。

 今日一日どんなのがいいかなあ、と考えてみました。

<コンセプト>

1)  反新自由主義であること
   やっぱり、今の日本の、いや世界に対する危機感を共有することを基本におきたい。
2) 誹謗・中傷はしないこと
   顔の見えないネット空間だからこそ、常に相手の気持ちを意識して書きたい。
3) 一人でも多くの人に反新自由主義の考えを理解してもらえるようにすること
   改革ファシズムを止めることに少しでも貢献したい。
4) 上記コンセプトを理解される方なら誰でもTBできること
   鋼の団結ではなく、柔軟なネットワークにしていきたい。

<具体的にはどんなサイトにしたらいいか>

1) TBが日ごとに分類されていること
   カレンダー毎に分類されていると読みやすいし、読み落としや何度も同じ記事にぶつかることを防止できて効率的だと思います。
2) 具体的な内容毎にカテゴライズされていること
   消費税問題、共謀罪、障害者自立支援法案、憲法問題などなど具体的に分類されていて、TBする人がその分類にしたがってTBしてくれると有り難い。もし可能なら、TBする人が新たにカテゴリーを立ち上げるなんてのが出来ると発展が望めそうな気がします。
3) TBされた記事がカテゴリー毎に分類されていること
   これはTBする人に任せたいですねー。
4) 政治や社会の記事だけではなく、趣味やスポーツなどアクセスしやすい記事も載せること
   気楽なのもないと、やってる方も疲れてしまう。新規読者の獲得もしていきたいですし。
5) 学習するサイトがあること
   この度の共産主義のお話なんかは、しんどかったけれど、こんな歴史があってねって話だったら面白く聞けたと思うんだ。他にも、中東の歴史とか、仏教の歴史とか、偉人伝とか、ロックの話とか熱心に話してくれそうな方々が沢山いるから、そんな人に協力していただけたら、いろんなことに興味もっていけそうな気がします。質問とかもしやすそうですし。
6) 議論する場があること
   誹謗・中傷しない代わりに熱い議論は歓迎。まあ、それぞれのブログでという話もあるけれど、コメント読んでると結構勉強になったり、人柄が分かったりする。
7) 様々なシンポジウムや集会の情報を知らせる掲示板があること
   ネットから出て、現実の活動に人を惹き付けていくのも重要。そんな場で、「ああ、トクラさん、やあ、テサロニケさん、いつもどうもー」、っていうのも面白い気がする・・・。
8) TBする人がTBセンターにリンクをはれること
   参加者の自由意志っぽくていいかなあ、と思いましたが、あまり勢力が大きくなりすぎると当局に逆利用される懸念あり。なんてね。
9) 貼りたい人は自由に、反小泉ブロガー同盟のバナーを貼れること
   ブロガー同盟の発起には感謝してます。ブログの質とアクセスが格段に上がったのは、小泉とブロガー同盟の貢献大。TBセンターのバナーなんかもあったらいいと思います。
10) たまにはアイドルやタレント、スポーツ選手のブログなんかにTBしにいっちゃったり (冗談)
   冗談ですが、営業活動もありですね。

<問題点>

1) 技術的な面はどうしたらいいのか、私にはさっぱり分からないこと
2) 編集や管理をどうしていくか
3) 荒らしにあったらどうするか 

 ちょっと遅くなったのでこのくらいにして、みなさんのアイディアをお待ちしております。
 
 まあ、考えながらぼちぼちすすめていければいいと思います。
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by pantherH | 2005-11-08 23:34 | 社会

危機感の共有

 反小泉ブロガー同盟には、今のこの危機的状況に際し、情報や思いを共有し、なんとか一致点を見つけて一緒に声を上げていこうという趣旨があったと思うのですが、共産主義とは何ぞやと言った難しい議論になってしまい、少し残念に思っている次第です。

 私の共闘への期待と可能性は、先の参議院選挙における沖縄での、糸数慶子さん、沖縄社会大衆党副委員長の当選にあります。
 糸数さんの勝利を振り返ったとき、基地を押し付けられ、いっこうに基地の負担軽減が実行されない沖縄特有の条件があったから実現したのでしょうか?あるいは、沖縄社会大衆党という沖縄独自の政党があったから野党が共闘したのでしょうか?米兵による少女暴行事件があったからでしょうか?糸数さんという、稀にみる逸材に恵まれたからだったのでしょうか?そんな、沖縄限定の特殊事情だったからなのですか?

 違うでしょう。危機感の共有だったはずです。

 先日の在日米軍再編に関する中間報告では、自衛隊と米軍の基地共有、自衛隊による米軍の後方支援活動など、大幅に米軍と自衛隊の協力関係が強化されています。また、普天間基地の返還、名護辺野古沖基地移転問題も名ばかりで沖縄への基地の固定化、老朽化した施設の移転にかこつけたリニューアルという内容ではありませんか。こういう表現は沖縄の方々に失礼極まりないのですが、既に、問題は沖縄に限定したものではなくなっているはずです。
 日本全土に米軍が展開しうる2+2の方針。憲法9条を事実上形骸化させる自民党憲法草案。郵便貯金の外資流失を促す郵政民営化。消費税の大幅増税。

 これでも、危機感を共有できないとしたら、あるのは絶望だけじゃないですか。

 私の好きな韓国の映画監督、イム・グォンテクの「太白山脈」という大東亜戦争と朝鮮戦争を描いた映画があります。第三者的にその歴史を見続けた先生の台詞に、「右も、左も間違っていた。どちらも人を殺し過ぎた。」ということばがあります。また、監督もインタビューで、「イデオロギーは、人から生まれ人の為にあるはずで、それが人を離れてなされたときには、理想も夢も存在することはできないだろう。あの時代、左も右もすべては人間不在のイデオロギーに帰結していき、本当に擁護して尊重されるべき真の理想を失ってしまったのではないだろうか。むしろ、それが困難な時代を懸命に生きようとした多くの人々に、癒すことのできない大きな痛みだけを植え付けさえした。」と、述べています。

 私たちは、攻撃性を封印し、今危機に瀕さんとしている「民主主義」をまもるために、手を取り合わなければいけないのです。
 そして、糸数さんが勝利したとき、共産党も社民党も民主党も社大党も沖縄県民も、そして共闘に希望を抱いている日本国民が喜んだことを、思いだして欲しいと思うのです。
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by pantherH | 2005-11-07 23:20 | 社会

リバーダンス

玄耕庵日乗さんが絶賛していた、RAUL MIDONのSTATE OF MINDを早速購入。かっちょいー。
 テレビを止めてから、毎晩、ネットとミュージック三昧。いい感じです。

 先日、ずうっと待ちこがれていた、「リバーダンス」を見てきました。
やっぱ、ライブは迫力が違いました。タップダンスの鼓動が、ばしばし響いてきます。上半身を全く動かさない、アイリッシュタップは、イギリスに対する抵抗の歴史故でしょうか、媚びないという強烈なメッセージを発しています。そのなかに日常のささやかな喜びが宿り、お花畑に舞う蝶のようでもあります。
 下半身だけで刻まれるタップのリズムは、まさに打楽器。美しく逞しい肉体から醸しだされる色気。凛々しい魂と肉体とリズム。あー、まだその余韻に浸ってしまいます。12月の、ジーン・バトラーのライブにも行きたいなー。
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by pantherH | 2005-11-03 00:32 | 趣味