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2005年

 年の瀬の慌ただしさに、一年を振り返る暇もありませんでしたが,漸く年賀状を投函し、大慌てで、一年を振り返る。
 
 この一年で最も印象に残っている人を一人挙げるとしたら、私は、911選挙の公示日だったかに、国会議事堂に車で突っ込み、重体と報じられた、長野県出身の50代の主婦のことを思いだします。彼女のその後の消息は全く報じられず,記憶からも葬り去られてしまっていますが,きっと先が見え過ぎたのでしょう。彼女には、911選挙の後にどのような社会が待っているのか、全て予見出来ていたのでしょう。今頃は病院にでも閉じ込められているのでしょうか。

 今年の象徴として、無名の彼女を改めて思いだし、一年の締めくくりにしたいと思います。
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by pantherH | 2005-12-31 23:34 | 社会

クリスマス

 自分のアクセスレポートを見ると、トラックバックセンターに夢中になっている間に、みるみるアクセス件数が少なくなっていくのが分かります。確かに、12月12日に記事をアップして以来まともな記事をエントリーしていないので無理もありません。最近は、センターの記事と、HTMLのタグのしくみを勉強するので大忙しです。といっても、ほとんど進んでないのですが・・・。

 さて、今日はクリスマス・イヴ。
 
 子どもの頃、家族でクリスマスを祝ったり、サンタさんに願い事を書いて、靴下を枕元にぶら下げて寝たなんていう、ロマンティックな夜をおくった記憶はとんとありません。
 雪国育ちのわたしは、子ども時分、冬はスキーに没頭し、スキー場が近くにあったものですから、学校が終わるとゲレンデに直行するような日々を過ごしていました。経済的に裕福ではなかったにもかかわらず、両親は毎年新しいスキーの板を買ってくれました。12月初めに届く真新しいスキーの板は、まさに宝物で、毎晩眺めたり、磨いたり、ワックスをかけたりして、雪が積もるのを心待ちにして過ごしていました。

 当時は、インゲマル・ステンマルクの全盛期。あの流麗で無駄がなく、力を使っている事さえ感じさせない滑りに、瞬く間に虜となり、連続写真を使ったステンマルクの解説本を何度も何度も読み返して、ステンマルクになりきっていたものでした(気づきました?憧れのあまり、http://stenmark・・・)。そんなわけで、スキーの板は当然ELANが欲しかったのですが、ELANは、ユーゴスラビアか何処かで作っていた板だったので、片田舎の運動具店には置いているはずもありませんでした。まだ外車に対する偏見が強く、店の人は、小賀坂や西沢ばかり薦めます。しかし、ワールド・カップで活躍していた選手に日本車をはいている人なんて一人もいなかったから、はなから興味がありません。当時、わたしの中の3大ブランドは、エランか、誰もがはいていたロシニョールか、ステンマルクの好敵手、メイヤー兄弟がはいていたK2のいずれかでした。そのころから、へそ曲がりな性格だったので、誰もがはいている板には興味が湧きません。そういうわけで、小学生ながら、アメリカンなスキー板、K2を手に(足に)するようになったのです。

 だから、12月初めに届くスキーの板がクリスマスプレゼントである事は、百も承知でした。父親がサンタである事も。

 我が家には、なぜか若いお兄ちゃんがずっと居候をしていました。「あれがクリスマスプレゼントよ」「はい」と目で会話する親子を不憫に思ったのか、ある大雪のクリスマス・イヴの夜、東京から突然そのお兄ちゃんが、大きな袋を抱えてやって来たのです。音楽の授業でオルガンを習い、ピアノに興味を持った姉は、毎晩紙鍵盤でピアノの練習をしていました。そんな様子を知っていたのでしょうか、姉にはピアニカをプレゼントしてくれました。そして、わたしには卓上ゲームやプラモデルを。無精髭をはやした居候のお兄ちゃんは、まさにサンタさんでした。「大草原の小さな家」で、髭もじゃのエドワードおじさんが、猛吹雪の中、ローラの住むインガルス一家にクリスマスプレゼントを届けるシーンが、いつもこの時の光景と重なります。

 わたしももう、そのお兄ちゃんの年をゆうに越え、無理をしながらも、毎年スキーの板を買ってくれた両親の年齢に迫ろうとしています。子ども時分を思いだすと、今の自分を顧みるとともに、両親に対し感謝と慈しみの気持ちが湧いてきます。

 連日の寒さに、田舎は朝晩、-15℃を下回っているのだそう。今年の正月は田舎に帰ろうか。
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by pantherH | 2005-12-24 22:25 | 趣味

トラックバックセンター作ってみました。

 昨日から玄耕庵日乗さんと合宿決行しました。ブログ上で旧知の仲のような気分だったので、夕食もその後の酒宴も盛り上がり、いろいろな話題について話し過ぎたので、何を話したのかさっぱり覚えていない状態です。しかし、楽しかったです。

 今朝から本格的にTBセンターのテンプレートの構築をはじめました。紆余曲折をへて、同じ太陽の下で誰もが幸せに暮らせるような世の中を夢みて、Under the Sunという名のトラックバックセンターにすることになりました。カテゴリーも、多くの方がトラックバック出来るようなカテゴリーをということでやってみました。
 
 このTBセンターが成功するか否かは、ひとえに皆さんのトラックバックにかかっていますので、是非皆さんのエントリーをトラックバックして下さい。

 また、まだまだ駆け出しで、これからやりながら改良をしていけたらいいなと思ってます。貴重なアドバイス等を是非お願いします。

 宜しくお願い申し上げます。
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by pantherH | 2005-12-18 18:49 | 社会

左とか右とか

 TBセンターに関する話で、不偏不党ということばを使い、自分は左にシンパシーがあると言ってきたけれど,不偏不党っていったいなんなんだろうかと考えていました。当然のことながら,不偏不党ということばを考えると、右とか左とかというのは何なのかという問題につき当たります。はたして,右とか左っていったい何なのでしょうか?左も右も全く深く勉強したことのない、わたしが思うところの右と左について考えてみました。(左翼、右翼ということばはイデオロギーを含むような気がするので、あえて、使わずに考えたいと思います。)

 本来の右も左も、「人」に関心がある点で共通しているように思います。ただ、人に対する捉え方が双方で違うように思われます。では、どう違うのでしょうか。
 左の人は、その人がある「今」を重視します。一方、右の人は、その人にまつわる「歴史」を重視します。「今」にこだわる左の人は、庶民は歴史的に常に抑圧されてきたので、人がその抑圧から解放される為には、地縁や家父長制からの解放が必要だと考えました。経済的にも、庶民は絞られるだけ絞られてきたので、搾取する資本家からの解放が肝要だとも考えました。一方、「歴史」にこだわる右の人は、今ここにその人が存在するのは、過去の歴史や伝統があってこそであり、人は先祖や地縁を敬わなくてはいけないと考えました。
 古い伝統やしきたりを重視する「右」の人にとって、そこからの解放を唱える「左」の人々は脅威でしたし,「左」の人にとっては、伝統やしきたりに縛り付けようとする「右」の人は敵にしか思えませんでした。しかし、この時点では、左も右も「人」に対する関心と理解がその根幹をなしていたように思います。

 「左」の人は、「歴史」にこだわる「右」の人とは別に、「お金」にこだわる「資本家」にも目の敵にされました。なにせ、資本家による隷属からの解放を求めたのですから。「左」の人も「右」の人も、「人のあるべきあり方」に関心があったのですが、「お金」にこだわる人は、「人のある姿」に関心がありました。本質的に人間は人より裕福になりたいだろう、という姿にです。この点は、ある意味正鵠を得ていたとも思われます。

 幸か不幸か、卵が先か鶏が先か分かりませんが,イデオロギーがそれぞれの言い分を論理的に裏付けるようになりました。「左」にとっては、「共産主義」であり、「右」にとっては、「血」であり、「資本家」にとっては、「資本主義経済」だったのだろうと思います。イデオロギーが双方のこだわりの根幹をなすようになると、互いに修復不可能なほどに、いがみ合うようになりました。
 戦後、「左」vs 「右+資本」による東西冷戦対立となったのは周知のとおりです。

 資本主義経済の中心を驀進したアメリカ人は、元来が新大陸を求めてやって来た入植者たちだったので,昔からの、その土地にまつわる対立や融和や様々な多くの歴史について、あまり深く考えることをしませんでした。皮肉にも、そういった環境に立脚したアメリカの、自由で寛容で古くからの因習にとらわれないその姿に、だれもが憧れたのでした。

 しかし,共産主義憎さに、「お金」の人と手を組んでしまった「右」の人は、本来持っていたはずの「人」にこだわるその視点、つまり「人は歴史なしには存在し得ない」というメッセージを自ずと失い,「反共」「ナショナリズム」という、「対象となる他があってしか意味を有さない」ことばしか持ち得なくなってしまいました。
 一方,結果的に全体主義、官僚主義に成り下がって、ソ連の崩壊とともに共産主義が事実上敗北すると,「左」の人が本来持っていたはずの、「人」にこだわる視点に対する言辞も霞んでしまうようになりました。

 そして、「一人勝ち」した「お金」の人が、「人」に全く興味を示さない「新自由主義」なる怪物と化し,民族固有の文化や伝統を破壊するのみならず,今、同じ地球上で同じ太陽を見ている人々を不幸にすることも厭わないグロテスクな姿を晒すようになったのです。

 そうこうしているうちに、情緒を伝える風景や伝統は破壊され、今生きている人が、互いを信頼し尊敬し安心して生きてゆく最低限の暮らしも破壊されそうな状況に押しやられ、「左」の人は、自分たちが脱出したかった因習が、こんなにも崩壊していることに恐れおののき、「右」の人は因習をと訴えたところの人々が、ちっとも幸せになれない状況にいることに驚愕しているのではないでしょうか。
 このような状況は、「左」の人たちが歴史をかき回したからこんな風になってしまったのでしょうか?わたしは、そうではなくて,「お金」に対する洞察と警戒心の希薄さが原因だったのではないかと思っています。

 そういうわけで,今の社会に対する切実なテーゼは、原点に返って,「今生きる人々が幸福である為に」みんなで連帯し,「今生きる人々は過去の歴史の上に生きている」ことを自覚して、人々の培ってきた文化を大切にしていかなくてはいけないのだという点にあると思います。そして、「膨張をその本質に抱くマネー?経済にかわる経済パラダイム」を構築していかなくてはいけないのではないかと、思うのです。(「モモ」を読みなおさなくっちゃ。)
 歴史も経済もイデオロギーも全くの素人考えで大変恐縮致しました。

 そんなわけで、不偏不党というのは、ごくごく当然の結論になってしまうのですが,「人」に立脚するということなのかな・・・。その視点を忘れなければ、別に不偏不党でなくたって、今日的な問題に対し、きっと大きな力になれるのだろうと、淡い期待を抱いているのです。
 
うーん,難しい。やはり、TN君ごまかせり。

 
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by pantherH | 2005-12-12 18:30 | 社会

通学にまつわるエピソード

 小学1年生の頃から、学校までおよそ4キロの道のりを、毎日歩いて通学した。

 春には雪解けのせせらぎの音を聞きながら、太陽の輝きが日に日に強さを増すのを感じ,夏には通学路から脇にそれ、草木の生い茂った旧道の脇に秘密基地を作り、秋にはアケビや栗を頬張り、冬には満天の星空を眺めながら、自意識過剰な誇大妄想に耽ったりしながら毎日およそ一時間の道のりを歩いて通った。

 そんな通学のばかばかしい想い出を一席。

 放課後、校庭や中庭で、鬼ごっこや野球に興じ、そろそろ遅くなってきたので家路につこうとする頃、お腹のあたりに神様からのお告げが、突然やって来る。当時の学校のそれは、深くて暗くて反響音まで響くような代物だったので、怖いのと恥ずかしいのとで近づきがたい存在だった。そんなわけで、お腹に舞い降りた神様のお告げを抱えながら、家路を急ぐ。

 小学生が途中で観念するのも、無理もない。通学路の途中には、お兄ちゃん達から教えてもらった「島」がいくつか存在した。最も学校に近いそこは、木漏れ日に照らされ,柔らかく大きな葉が生い茂り、天敵である蚊も生息しない格好の島だった。

 友達に先に行くように促して一人島に入る。いつものように特等席に向かうと、先約がいる。少しばつの悪い気持ちにになりながら,ちらりと横目でみると、60歳を越えた地元のおばちゃんがそこに座っていた。僕らだけの秘密の「島」だと思っていたけれど、代々続く由緒正しい「島」だと知り,なんかがっかりしたような,なんか嬉しいような気持ちになった。

 ある日,その島に、ブルトーザーがやってきた。人目を遮ってくれた木々はなぎ倒され,手頃な葉の生い茂る土地も荒らされて、瞬く間に、「島」はテニスコートに様変わりしてしまった。代々続く由緒正しい僕らの島はこうして消えてしまった。以降,突然訪れる神様のお告げは、蚊に刺される覚悟と苦痛を伴うようになった。

 「野ぐそ島」 

 懐かしさと愛情をもって思いだす、子ども時代の通学にまつわる情景。

 脇道にもそれられない昨今の子どもをとりまく環境を考えると、暗澹たる気持ちに駆られます。
 こういう想い出は、もはやノスタルジーでしかないのでしょうか。子どもたちの安全は、監視や厳罰の強化でしか確保出来ないのでしょうか。行政がスクールバスなどに積極的に取り組むしかないのでしょうか。親が学校に子どもを送迎するほかないのでしょうか。

 安全や信頼は、お金ではかることの出来ない別次元の価値だと思います。別次元の価値をないがしろにする社会に対し、異議申し立てをすることが大切なんだと思います。子どもたちの安全を守ることと,イラク派兵や消費税の問題などに異議申し立てすることは、同じ次元にある問題のことのように思えてなりません。
 
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by pantherH | 2005-12-11 15:36

憲法9条をまもりたい

9条守ろう!ブロガー・リング に賛同を表明します。
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by pantherH | 2005-12-08 23:58

やれやれ

 昨日のエントリーをアップして、皆様からの提言なんかを頂ければと思っていた矢先に,件の方からメールを頂きました。わたしも玄耕庵さんもとっくに同盟からは身を引き、現政権や政策に危機感を抱く一個人として、ブログでうだうだいうだけじゃなくて、TBセンターを作って情報の集積を図りたいなと、思って色々考えていたわけなんです。別に,同盟を混乱に陥れたいとかそんな気持ちはさらさらないわけでして・・・。

 STOP THE KOIZUMIのお知らせに、T.N.君の日記と玄耕庵日乗とで今後もTBセンターの運営にあたられるようにと書かれていたので(今はそのようなエントリーが全て消去されているようですが・・・。まるでカルテの改ざんみたいですね),多くの方は二人が改めて同盟のTBセンターを??と誤解なされたかもしれません。件の方の希望もありますので、その点に関しては明確にしておく必要があると思われます。

 今回私たちが考えているTBセンターは、「反小泉ブロガー同盟」とは、無関係です。

 しかし、わたしがブロガー同盟のメンバーの方々にTBをしたことに対して、同盟と無関係である以上TBは慎むよう忠告されているのですが,わたしのTBする権利を制限する権利までは、件の方にはないと思われますので、今後もTBはさせて頂きたく存じます。まあ、TBを受けられた方がご迷惑でしたら消去して頂いて差し支えはありません。

 喜ばしいことに,同盟の方でも、11月26日の桃園を契機に、本格的にTBセンターを構築する準備に着手しているとのことです。12月に入り、様々なところでTBセンター設立の動きが始まっています。今のところはある分野に特化したTBセンターのようです。そのようなTBセンターが沢山出来ることは、ネットにおける運動を考えると、非常に有用だと思います。是非、同盟の方もTBセンター設立に頑張って頂けたらと思います。私たちも粛々と頑張りたいと思います。

 昨年、惜しまれて他界された指揮者、カルロス・クライバー若かりし日の「魔弾の射手」のリハーサル風景をビデオで見たことがあります。指揮者はオーケストラの中心に立ち、あたかもその強い個性でオーケストラを牽引しているかのように見えます。しかし、そのリハーサルでは、ありとあらゆることばや表現力を駆使して、楽団員にイメージやニュアンスを伝えています。時にはイメージが楽団員と一致しない場合もありますが、そんな時でも,いやそんな時だからこそ、指揮者は、より一生懸命に、よりインタラクティブにことばや音楽を交わそうとしていました。そして、クライバーの、あの優雅で流麗な指揮と、オーケストラの華麗なハーモニーが奏でられるのです。

 Conductorは Coordinatorたりえて Conductorたる

 そんなことを教えてくれた、リハーサル風景でした。
 
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by pantherH | 2005-12-08 00:02

TBセンター

 12月に入り、9条守ろう!ブロガー・リング皇統断絶問題TBセンターが立ち上がりはじめました。以前、玄耕庵さんとともにTBセンターを作ろうと言い出した一人として、とても嬉しい限りです。このように、色々なTBセンターが出来ていけばいいなと思っております。

 ところで,私と玄耕庵さんもTBセンターを作らないかということで,その後も何度か意見交換をして参りました。期待はしてるんだけどささんも、色々技術的なアドバイスを下さり,様々な問題点をクリアしながら、実現にこぎつけたいと思っている次第です。コンセプトに関しては、以前のエントリーにあることを基本にしたいと考えておりますが,その後、考えたことや疑問点をいくつか整理しておきたいと思います。

 一つ大きな問題として,TBセンターにどのような役割を求めるのか、という点が上げられます。すなわち、TBセンターにブロガーのHUBとしての機能を期待するのか、それとも情報のターミナルを期待するのか、という点です。
 前者については、現在のとくらブログがまさにそれを体現していると思います。一つ一つのコメントに丁寧に答える,TBにはTBで返信する、そういうことを丁寧にされていることに、本当に頭が下がります。ブロガーのHUBとしての機能を担おうとしたら,自分のブログを充実させ、コメントに丁寧に答えることに専念するべきで、TBセンターであえてすることなのかという疑問が生じます。
 後者については、ある分野に関する情報が集積し、いわゆる公式情報と、それに対する解釈や感想がTBとして存在し、その分野に関する情報を求める読者が問題点などを知ることが出来、今の政府に意義を申し立てる機運を高められるかもしれないと思います。もし、実社会にそれなりのインパクトを与えたいと考えるのであれば,情報のターミナルとしてのTBセンターを作る必要があるようにも思います。
 
 まず、どのようなカテゴリーを立ち上げるのがいいのかについても考えました。自分の興味はかなり散漫していて、これについては必死にキャッチアップしたいという、猛烈なこだわりはないのですが、実社会と小泉政権のアキレス腱へのインパクトという点で考えるならば、1)消費税増税 2)医療・年金問題 3)アメリカの横暴 かなと思います。まずは、どれか一つのカテゴリーに特化して、情報のターミナルとしてのTBセンターを立ち上げることに取り組むべきなのでしょう。それぞれのTBセンターをつなげるのは、各カテゴリーがある程度一本立ちしたところで、考えてもいいかもしれません。

 例えば、わたしが医療・年金問題の管理人を担当した場合のイメージですが、はじめは少ししんどいとは思うのですが、朝日新聞や赤旗にでている医療・年金に関する記事をスキャナーで取込んでアップし、(URLを貼るということでもいいかもしれませんが)記事のアーカイブを作ることを考えます。やはり、公式情報のアーカイブは、TBセンターの信用とアクセスを稼ぐのに欠かせない要素ではないかと思うのです。それと同時に、その記事や報道をどのように解釈するか、あるいは感想や意見のTBを集めていく。もし、感想だけのTBセンターになった場合、ブロガー同士の親睦はすすめられるだろうけれど、それでいいのかという気もしてしまうのです。

 新聞記事のアーカイブを作る場合、とにかく労力が大変だと思います。しかし、その意義は非常に大きいと思います。新聞記事に対する著作権を主張されるかもしれませんが,そこまで大きくなったら本望です。

 夜中に記事を書いたため、構想が非常に大きくなってしまいました。このような構想を実現する為には、いろいろな方々の協力も頂戴したいと思ってます。玄耕庵さんの記事にもありましたが,12月17日に玄耕庵さんと直接会って話し合いをする予定でおります。それまでに、皆様からのご意見、ご感想、アドバイス等を頂けたら幸いです。宜しくお願い申し上げます。
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by pantherH | 2005-12-07 03:03