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『自己』とはなにか

Under the Sunコラム執筆分を転載しています。お題は『なぜ人は繋がりを求めるのか』。是非、Under the Sunにお立ち寄りください。


 森の中の「旅の駅」をあとにしたマルコは、Under the Sunを目指して再び歩き始めました。雲の切れ間から射す日の光を目指して歩いていたマルコは、森のはずれの池のほとりで旅の疲れを癒す青年と出会いました。その青年はマルコよりもいくらか年上のようで、どことなく遠い眼差しをしており、どことなく沸々とした怒りを心根に抱えているふうでもありました。そらさんと別れてからここ数日、話し相手もなく歩き続け人恋しくなっていたマルコは、久しぶりに出会ったその青年に声をかけたのでした。

マルコ:あのー、すみません。僕はUnder the Sunを探して、ここ数日森の中を彷徨っていたのですが、この辺にUnder the Sunというパラダイスがあるのをあなたご存知ありませんでしょうか?

青年:Under the Sun? 聞いたこともありませんが、それはいったいなんですか?

マルコ:さあ、私もよく分からないのです。なんだか人と人との繋がりが希薄なこの世の中で、人と人との柔らかな繋がりを求めるパラダイスがあると聞いたのです。私はそれを探して旅をしているのですが、これまでに出会った渡し舟の船頭さんには「それを見つけようと思ったら、自らその問いを求めることだ」と言われ、タクシーの運転手には、「そもそも人との繋がりは、人それぞれが違うからこそ生まれる」と、そして「旅の駅」の女将さんには「誰かのためにやっているわけじゃなくても、誰かのためになっていることがある」というなんだか愛に満ちた雰囲気を教わった気がします。でも、誰もUnder the Sunの場所は教えてくれませんでした。

青年:なるほど、興味深いですね。繋がりを求めるパラダイスですか。実は私も繋がりとはなんだろうかという疑問に駆られ旅をしている途中なのです。

マルコ:え、それではあなたもUnder the Sunを探しているのですね。

青年:いいえ。Under the Sunを探している訳ではありません。生命における繋がりとはなんだろうかということを考えていたのです。

マルコ:それは食物連鎖とか生態系と言われる今流行のエコロジーというようなものですか。

青年:ええ、まあ。そういう大きな連環もありますが、何と言うかもっと個別的な、「自己と非自己」における繋がりに関してです。例えば、虫のような下等な生物もカビのような病原体から身を守るシステムが備わっているんです。虫の様な生物においても、自己と非自己が区別されているのです。虫ばかりではなく哺乳動物でも病原体にある特徴的な構造を認識して危険信号を発し、異物を排除しているということが最近分かってきました。免疫力を高めましょうとよく言われる免疫力とは、このようにのべつ幕なしに非自己を排除する能力のことを指し、これを自然免疫と呼んでいます。一方、子供の頃に水疱瘡にかかったら、2度とかからないと言いますよね。それも免疫の仕事です。この場合はある病原体に対し特異的に免疫細胞が反応し、その反応は終生記憶されるのです。そして病原体の2度目の侵入に対し、記憶としてストックされた免疫細胞が瞬時に増えて、病気を引き起こす前に病原体を駆逐してしまうのです。このような免疫を獲得免疫と呼んでいて、生命は免疫と言うシステムを通じて、自己と非自己を区別しているのです。

マルコ:へー。自己とか非自己なんていう観念的なことは脳の中で人間が勝手に作り出した概念だと思っていたけれど、脳と言う高次機能がなくても存在するんですね。でも、そうすると生命は本質的に非自己に対して拒絶するという宿命を有しているのですか。

青年:ところがその拒絶は必ずしも非自己に対してのみ起こるわけでもないのです。リウマチなどの自己免疫疾患は自己に対して反応する免疫機構により引き起こされる病気だし、花粉症などのアレルギー疾患は、非自己を排除する機構が働きすぎて自己を困らせるという病気なのです。

マルコ:そうすると免疫というのは自己にも非自己にも攻撃的に働くものなんですね。

青年:いいえ、殆どの場合免疫は自己に対しては反応性を消失しています。それを免疫寛容と言いますが、免疫のシステムが出来上がる過程で自己に反応する免疫細胞は細胞の自殺(アポトーシス)というメカニズムで消えてなくなってしまいます。それから、骨髄移植などを思い浮かべると分かりやすいと思うけれど、白血病などで骨髄移植をすると免疫システムは移植したドナーのものに入れ替わってしまいます。もちろんとても強い拒絶反応が起こるけれども、免疫反応を抑える薬を使って拒絶反応を抑えてあげると、数年すると免疫抑制剤を使わなくても、自己である体を攻撃することなく非自己と自己の共存が起こります。これもまた免疫寛容です。免疫には非自己の排除と同時に非自己を受け入れるという両義性があるのです。そして厳密に区別されているかのような自己と非自己も実はかなり曖昧であることも分かってきています。

マルコ:なるほど。免疫って面白いですね。でも、それとあなたが疑問に思っている繋がりとはどういう関係があるのですか。

青年:先ほど骨髄移植の例を出したけれど、ドナーの骨髄細胞中に存在するあらゆる細胞に分化できる幹細胞から、赤血球や白血球などの免疫細胞が出来上がってくるのだけれど、それぞれの細胞はその環境に応じてあるものは赤血球にあるものはリンパ球にと分化します。そしてその分化はまさに自己という場に適応するように制御されているんです。だから移植された非自己である骨髄細胞が、自己である身体に適応して自己組織化が行われ、その結果寛容が成立するのです。また、外部の病原体が侵入したときも、獲得免疫における免疫細胞の病原体の認識機構は、病原体の断片が自分の手のひらによって差し出されて初めて認識されるのです。外部からの度重なる侵入を通じて、自己は多様性を獲得し、それを免疫記憶としてストックしていくことで自己に厚みを形成していくのです。このように、免疫における自己とは「自己」という場に適応し、「自己」に言及(self-reference:自己を参照する)することで、新たな自己を形作っています。このようなシステムを、免疫学者の多田富雄先生は免疫のスーパーシステムと呼んでいます。

マルコ:とても難しいお話ですが、自己とか非自己は決定されたものではなく、常に自己は非自己から作用を受け、自分とは何かを見つめながら、自分自身が変化適応していくとても柔軟なものだと言うことですね。

青年:そうなんです。

マルコ:そのことは精神における自己とは何かということにも当てはまるのではないでしょうか。

青年:というのは?

マルコ:精神においては、「われ思う」という主体としてのわたし(=I)と、「われ感じる」という客体としてのわたし(=me)が自己を形成していて、「われ感じるがゆえに、われ思う」と、常に人に限らずありとあらゆる他者からの影響を受けて自己が変容している。自己とは他者との関係性を抜きにしては存在し得ないということなのではないでしょうか。

青年:すばらしい。わたしの問いをそのように発展させてくれるなんて感動です。免疫における自己言及性は身体としての場と表現しましたが、そのreferenceは遺伝子(genome)であると言い換えることが出来ます。遺伝子とは運命を決定する、非常に厳密でより高次に存在するコマンドではなく、いつでも自分のルーツを顧みるreferenceであると捉えることが出来ます。巷では遺伝子が分かればすべてが分かる、能力は遺伝的に決まっているという論調がありますが、それは優性思想にも通じる危うさを含んでいます。一方、人間は環境が全てであるとの意見もあります。しかし、これもまた20世紀の科学が明らかにしてきたDNAをはじめとする生命の営みに関する研究に対し、客観性を失った見方だと言えます。生命は非常に可塑性に富み、遺伝子をreferenceしながら、自己を見失うことなく自己組織化していく、そしてそこに多様性と共生が生まれるのだと思います。
すみません、話を元に戻しましょう。ところで、あなたは精神における自己言及性とはなんであると考えていますか。

マルコ:精神における自己言及性ですか。私はわたし。たとえ他者からの影響を受けようとも私は私のコンテキストでしか感じることが出来ない。私のコンテキストでしか思うことが出来ない。そこに精神における自己言及性があるように思います。それをアイデンティティと言うのでしょうか、あるいは先ほどおっしゃられたルーツと言うものなのでしょうか。思うという主体としての自己や感じるという客体としての自己のさらにより深層に、わたしという内奥の自己が存在し、意識下の自己は常に内奥の自己をリファレンスしていると言うことなのではないでしょうか。ところでこの内奥の自己とは生物学的にはどのように捉えられているのでしょうか。

青年:内奥の自己を解明することは心理学者のみならず脳科学者にとっても非常に関心の高い問題だと思います。現代の生命科学は生命とは何かという問題を、臓器、器官、組織、細胞、蛋白、DNAとより下位のレベルに降り、そのメカニズムを明らかにすることでより上位の問題を説明しようとしています。これを還元主義的手法と呼んでいます。しかし、還元主義的手法ではやはり生命の本質や、地球環境と生命について説明できないことを科学者自身もうすうす感づいてもいるのです。また、そもそも万物創世の神に対する懐疑から始まった還元主義的手法でしたが、今日その限界に気付いた人は、短絡的にそして復古的に生命の上位に存在する神を想定しようとしています。しかし、それもまた生命の本質を何も説明してはいないのです。生命とは無限大に大きいものから無限大に小さいもののまさに間に存在するものなのではないでしょうか。ですから内奥の自己について生命科学がその謎を解明しようとすることは重要です。しかし、それのみに答えを委ねてしまい分かったつもりになることも分からないと嘆息することもナンセンスなのだと思います。そして科学者もまた無限大に小さいものへ降り続けるだけではない、俯瞰する視点が要求されているのではないでしょうか。

マルコ:答えを安易に求めてはいけないということですね。

青年:そうなのだと思います。

マルコ:内奥の自己をreferenceするのも私であり、内奥の自己に見られるのも私であり、内奥の自己を磨くのも私である。しかしながら、そこには他者の存在が不可欠であり、それを失うと生命としての息吹が失われてしまう。そしてそれが私自身の普遍性と可塑性を生み出している。

青年:私はそのような視点で、社会や法や科学を捉えられないかと日々旅をしています。今日はあなたのような素敵な方と私の感じている疑問について話が出来てとても幸せな気分です。わたしはあなたの捜し求めているUnder the Sunについて全く知りませんが、ここを真っ直ぐ進むと森は直に終わり原っぱに出ます。きっとUnder the Sunはこの森の外にあるのでしょう。いい旅になることを願っています。

マルコ:僕の方こそありがとうございました。あなたもよい旅を。

 マルコは一回り自分が大きくなったような気がしました。そして後ろを何度も振り返りながら青年に教えられた方向に向かって再び森の中を歩き始めたのでした。


 長文をお読みいただきありがとうございました。
 以下に参考文献を記させていただきます。

・「免疫系のしくみ-免疫学入門-」 L.Sompayrac著 大沢利昭訳 東京化学同人 
・「免疫の意味論」 多田富雄著 青土社
・「生命の意味論」 多田富雄著 新潮社
・「邂逅」 多田富雄 鶴見和子著 藤原書店
・鶴見和子 対話まんだら 「患者学のすすめ-‘内発的‘リハビリテーション 上田敏の巻」 藤原書店
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by pantherH | 2006-06-30 00:00 | Under the Sun

情報なんて--日替わりコラム:金曜日--T.N.君の日記

Under the Sunコラム執筆分を転載しています。お題は『Under the Sunから お嬢様への招待状』。是非、Under the Sunにお立ち寄りください。


麗子お嬢さんとやらがUnder the Sunに遊びにおいでとのことだが、田舎者の私はお嬢様のもてなし方を心得ていない。まして、あまり縁のなかったお嬢様と聞くとつい意地悪したくなってしまう。

麗子 貴方がTN君という方ですか?いつもお堅い文章をお書きなさるので、お目にかかるのちょっと怖かったわ。でもそうでもなさそうね。

TN ・・・。

麗子 Under the Sunについてお聞かせいただけると聞いて訪ねてきましたの。どうぞお話してくださるかしら。

TN 単刀直入ですな、お嬢様は。Under the Sunについて僕に聞いても仕方がないと思いますよ。

麗子 でも、かなりUnder the Sunに中心的に関わっていらっしゃる方だとお聞きしていますの。物事は何でもその中心人物にインタビューする方が本質に迫れるといいますもの。これまでの方々のお話を聞いて私すっごく興味を持っておりますのよ。Under the Sunに。

TN ふん、僕は理念や運営構想なんかは書いたけれど、Under the Sunのグランドデザインをしているつもりは全くないですよ。それに、トラックバックセンターを構築し閉鎖する過程でとことん消耗し、今は少し距離を置きたいですし、ブログというツールについて僕自身懐疑的になってしまいましたからね。

麗子 ブログに懐疑的ですって・・・?多くの方々はブログの勝利と祝杯をお挙げになっていらっしゃってましたわ。共謀罪のときも見事な連携プレーだったと皆さんおっしゃってたわ。それを意味がないですって(何を言ってんだ、こいつは・・・)。

TN 意味がないとは言いません。多くの方の存在や意見を知り、多くの情報を得て有益なこともたくさんありました。ただ、僕はブログ云々する前に、そもそも情報というものに懐疑的になってしまったのです。

麗子 え?おっしゃる意味が分かりませんが(何を言ってるんだ、こいつは!!)。

TN 逆に聞いちゃうけど、あんた情報って必要だと思いますか?無くてもいっこうに構わないと思ったことはありませんか?

麗子 いいえ、お父様は毎日経済新聞を読んで政治経済の動向や企業の情報を得て株式投資に役立てているわ。それに私だって、テレビやインターネットで美味しいお店や新しいブランドの情報を得たり、そうだわ、luxembrugさんやそのお仲間の皆さんのブログから多くの情報を頂いているわ。それが不要だとおっしゃるの?貴方だってネットやテレビからたくさんの情報を入手されてるじゃないの?そんな事言うなんて頭おかしいんじゃないかしら。

TN そう、頭おかしいのです。でも、情報というのは、滞っていたり、ただ流通しているだけでは全く価値をなさないものなのではないですか。受け止められて脳で自分のことばに置き換えて初めて価値をなすものなのではないでしょうか。受け手の脳を通過して身体化しないとただの記号に過ぎないのですよ、情報というのは。まあ、言葉もそうですが。

麗子 でも、理解したり解釈したりするのには先ず知ることが必要じゃないかしら。知らなかったら理解も解釈も身体化も出来ないわ。

TN イノセントなことを言いますね。知らないということを前面に出せるほど世の中甘くはありませんよ。貧困も戦争もAIDSも知らなかったですむと思っているのはとぼけている証拠じゃないですか。知らされなかったのではなく、知ろうとしなかったのです。いいや、みんな知ってはいるのです、それなりに。インフォメーションとしてね。

麗子 それでは、知ることは意味がないとおっしゃるのね。貴方は。

TN いいえ、知ることはとても大切なことです。現にあなたが知ろうとしていることに感心さえしています。しかし、偉そうだけれど、「知ること」と「思うこと」は違うと言いたいのです。そして「思うこと」はシチュエーションによっていかようにも変化するものだから、思うことを超えて自分のことばで「考えること」が必要だと言いたいのです。そのプロセスから考えると、ブログはテレビには勝るかも知れないけれど、本には劣るし、ましてや生身の人間と話している方がよっぽどそういうプロセスが多いのですね。そしてそのプロセスが出来ていれば、テレビであろうと何であろうと情報の媒体なんて何でもいいのであり、ましてそのような人は情報により行為が基定されるのではなく、内面により行為が決まるものなのではないですか。情報とは所詮その程度のものなのですよ。だからブログにこそ本当の情報が詰まっているなんて言うのは余程の誇張ですよ。あなたもブログに接するときには、情報が表層を上滑りするだけになりやすいからくれぐれもご注意遊ばせ。

麗子 私はブログから色々勉強になることが多いし、考えることもしばしばですが。

TN それなら、あなたは心配ない。でも、インターネットの情報は、一度お気に入りに登録すると、一切の道程をショートカットしてそのブログに到達できるのですね。ネット右翼があーだこーだ言っていたとしても、一度自分の島を見つけると、それまでに出会っていたほんとうんざりするような情報に一切出会う必要がなくなってしまうのですね。いつもその島にワープしているみたいな感覚があって、ネットブログって非常に大きな空間に見えて、極々閉じた世界にも感じますね。一方、テレビの垂れ流す情報は魑魅魍魎ばかり。なんだか情報のあり方として、テレビもネットも健全なのかと懐疑的になってしまいますね。

麗子 得たい情報に容易にアクセス出来るというのはいいことなんじゃないですか?あなたって相変わらず屁理屈こねてらっしゃるという印象ですわ。

TN まあ、屁理屈です。何でもブラボーと言う言葉を聞くと、本当か?って疑り深い性分なものですから、気になさらないで下さい。僕は情報をとても重要なものだと思っていたんですね。でも、急にそうではないのではないか、と思えてきてしまったのですね。情報をアレンジするのではなく、原点に戻ってもっと自分を鍛えなきゃいけないですね。

麗子 もう止めて。貴方と話していると頭がおかしくなりそうだわ。こんなひねくれ者にに会ったのは初めてだわ。なんか気分が悪くなったので帰らせて頂きます。

TN あ、すみません。いつもの悪い癖が出てしまいました。
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by pantherH | 2006-06-15 22:50 | Under the Sun

「僕の叔父さん」を読んで

Under the Sunコラム執筆分を転載しています。お題は、『最近読んだ本』。是非、Under the Sunにお立ち寄りください。 

 最近読んだ本は、中沢新一「僕の叔父さん、網野善彦」(集英社新書)です。2004年2月27日に享年76歳で亡くなられた、歴史学者 網野善彦に心から憧憬と友情を抱いていた中沢新一が、叔父である網野さんを追悼して上奏した本です。

 中沢新一と網野善彦の交流は中沢新一5歳の夏、父の妹が旦那である網野さんを山梨の実家に連れて来たことから始まります。網野さんは幼少期の中沢氏に、日本の歴史の物語を話して聞かせ、そのお話の面白さに中沢氏は網野さんが訪れるのを心待ちにしていたとのことです。

 コミュニストであり農民であり民俗学者でもあった父が、農本主義的マルクス主義を否定し、科学技術の発展こそが人間を因習から解放し人間に本当の自由をもたらすと主張し、一方、科学技術史研究家であった父の弟が、農村における土着的な生活こそが人間の本来あるべき姿であると主張する、なんとも面白い議論が毎晩中沢家で繰り広げられ、網野さんはそれをじっくり聞き入り、中沢氏は興味津々にその議論の行方を見守っていたのだそうです。「網野君はどう思うのだね?」という中沢一家からの質問に、網野氏は「晩年のマルクスとロシアの女性革命家ザスーリッチが交わした往復書簡で、マルクスは『ロシアのミールという農村共同体を調べてみると、それはとても素晴らしい要素をたくさん持った社会的組織体であることを知った。このミールを破壊してその廃墟の上に立つことによってしかロシア革命は進めることが出来ない、という考えを私は今では否定する。』と書きました。マルクスはミールを破壊してその先へ進んでいくという考えを否定しています。一方、彼はミール共同体へ帰れといっているのかといえばそうではない。ミールという農村共同体の中に保存されている原始・未開の部分を取り出してきて、それを新しい社会を構築する原理に据えるべきだと主張しているのではないでしょうか。」と答えます。

 僕は日本国憲法を愛し、誰もが幸せに生きるためには、パブリックという概念は当然で、富の再分配を通じて平等を目差す、それを地球規模で行っていく世界国家などという夢想を抱いていたこともありました。同時に、世界国家などという包括的な国家観は、ソ連の官僚主義、中国の天安門事件などを見て、果たして人を幸せにし得るのだろうかとの疑念を抱いてもいました。それでは地域主義(地球規模で捉えた場合ですが)が正しいのかと問うと、その殆どが民族主義的排他主義に陥り戦禍に明け暮れている状況を見て疑問を感じ、はたまた、現実から乖離した理想こそ問題であるとして、現実としての市場経済やマネー、専制というものを全肯定すると、歴史や現在の社会問題から浮かび上がる不正義や問題点の原因こそがそこにあるという、まるでエッシャーの騙し絵のような思考の世界に陥っていました。

 網野さんの指摘された視点、即ち私達の立脚するところを見つめ、それを踏まえて新しい社会を構築していくという「等身大の地域主義」こそ、この思考の堂々巡りから脱出する鍵となるのではないかと思いました。続くアジールに関する研究でも、今日的な問題に対し、今でも十分に新鮮な視点が展開されます。

 中世の日本では権力による法の及ばない、「アジール(避難所)」という世界が日本に存在しました。アジールは権力による支配から人間を自由なところに置き、その領域においては、世俗的な封建的共同体の支配を脱して、土着的なカミによる支配をもって、原始的な共同体を形成してきたそうです。「自由」はフランス革命後、西洋から輸入された概念のように思われますが、中世日本において、人々は内心に応じて自由を求め、封建的共同体ではない新たな共同体を標榜した、即ち自由を標榜し社会を形成した人々がいたと主張されています。

 現代社会は情報革命の影響もあり、権力の及ばないアジールを徹底的に否定しています。日本においては精神のアジールさえ権力や世論により踏みつぶされかねず、また、社会問題化している「ひきこもり」は、ある意味精神のアジールを求める行為であるにも関わらず、それさえも許されない状況にあります。今日の組織化された社会では、権力支配や社会通念を超えたアジールを希求することは悪となります。しかし私は読みながら、悪であるところのアジールにこそ失われた楽園が存在し、そしてそのアジールは新たな共同体の中に存在し得るのではないかという思いに駆られました。

 共同体と一口に言っても、これまでの共同体は封建的共同体であり、人々はそこからの解放を求めて都市を形成してきました。都市は元来人々の自由への希求の結果であったのです。その結果生じた今日の地方没落、都市の無機質という問題に対し、共同体を再評価して因習に縛られた封建的共同体への回帰を求める声も聞こえます。しかし、歴史的必然性や、そこにアジールが存在し得るのかという観点から考えても、封建的共同体の希求は時代錯誤としか言いようがありません。共同体そのものが新たなステージを求められているのです。

 新たな共同体のステージとして、人間が自然の一部であることを強調した、自然に宿る「カミ」を畏れる「原始的なアニミズムを柱とする共同体」と、民主主義の成熟に伴う、「個々の自由意志により構成される共同体」という2つのモデルがこれまでに提示されて来たと思います。前者のモデルに対し、私は、原始的アニミズムがカルトを克服して普遍化し得るのか、科学技術をどのように捉えるのか、あるいはそこに求められるストイシズムをいかに獲得し得るのかという問題に関して考察すら出来ていません(ゆえにオウムの問題は非常に重要なテーマなのです)。また、もう一つのモデルである、個々の自由意志により構成される共同体は、口だけではなく身体をも動かさなくてはならず、その能動的行為に対するしんどさも手伝って、たやすく封建的共同体あるいは馴れ合いに堕してしまうという問題を孕んでいます。

 本書を読んで、網野さん自身の封建的共同体から新たな共同体のステージへの模索と、自らに対しそのステージへの意識を常に働きかけ続けなければならないのだというメッセージではないかと思いました。そしてそれは民主主義への強いエールなのだと思いました。
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by pantherH | 2006-06-08 21:55 | 読書

共謀罪は断固廃案だ

 UTSのコラムを書き上げて、UTS-HOMEを覗くと、今日にも与党自民党が民主党案を受け入れて「共謀罪」を本国会で成立させるべく、委員会で採決に踏み切る模様との情報が入って来た。

 権力側が如何様にも恣意的に運用出来る法律であり、現に911以降のアメリカでは共謀罪のもと市民運動家や平和活動家がターゲットにされています。居酒屋で冗談で「やりてー」と言ったら逮捕されるというのは大袈裟だと思うかもしれませんが、そのような拡大解釈の余地を充分に残した、如何様にも適用しうる恐ろしい法律です。少しでも権力に意義を申し立てたら、権力にマークされたら、如何様にも料理される。権力はお上だけとは限らず、会社だってそれに楯突くものを、これを使って如何様にも調理することが可能な法律です。

 私は、旧東ドイツに留学され、東ドイツの密告社会をまじまじと体験され、密告により四六時中、秘密警察に尾行された経験のある方から、密告社会の恐怖を聞いた事があります。彼はただ図書館にドイツ古典文学を研究しに通っていただけだったのですが、事もあろうか同僚の密告によりスパイ容疑をかけられたのでした。殆どノイローゼになり、ボロボロになって帰国され、後に同僚が密告者であったと知った時、凄まじい人間不信から生きる事が嫌になったと述懐していました。そんな彼を救ったのはベルリンの壁の崩壊でした。相互不信に陥りながらも、自由を求め希望を求め壁を壊した市民を見て、彼は東ドイツでの出来事を許そうという気持ちになれたのだと言います。

 なぜ私たちはこの時代に、そのような暗黒社会に生きなくてはいけないのでしょうか。東西冷戦が終焉し、漸く世界的に民主主義を如何に育むか知恵を出し合おうとしている時に、このような暗黒社会を求めなくてはいけないのでしょうか。

 映画『蝶の舌』で、反ファシスト活動に加担した容疑で連行される大好きな老先生に向かって、泣きながら罵声を浴びせる少年の「こんな世の中に、こんな世の中にしたのは誰だ」という魂の悲痛な叫びを再び繰り返さない為に、共謀罪は廃案にしなくてはいけません。

 民主党の方々、マスコミの方々、それから国民のみんな、廃案にむけてもう一度声を上げましょう。

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by pantherH | 2006-06-02 00:50 | 社会

酒で育った僕

Under the Sunコラム執筆分を転載しています。お題は『酒』。是非、Under the Sunにお立ち寄りください。

 僕はUTSの皆さんとお酒を飲む事は許されない人種かも知れません。だって、飲ミニケーション大好きで、先輩に誘われたら喜んで着いて行っちゃう性質ですし、お酒の席でつい口角唾を飛ばして語ってしまい、翌日穴があったら入りたいくらい自己嫌悪に陥る事がしばしばあるからです。けれどもまた同じように繰り返してしまうのは、都合の悪い事は適当に忘れてしまう親譲りの性格と、それでもなんとなく付き合ってくれている友人たちのおかげだと感謝しています。

 都会はもう止めようと突然決心し、僕が生まれて間もなく両親は乳飲み子を連れて東京から信州の山奥に当てもなく引越しました。引越した先は、山と空気が奇麗な高原でしたが、吉幾三の『おら東京さ行くだ』のようなど田舎で、道はまだ舗装もされておらず、近くの雑貨屋まで子どもたちの手を引いて2キロの道のりをエッチラオッチラ買い出しに行くので一日が暮れる、そんな生活が待っていました。突然やって来たよそ者に温かくもあり、冷たくもある土地でしたが、父は地元の人に混じって土方に精を出し、これは父ちゃんが作った露天風呂だぞ、と真夜中自慢気に露天風呂に連れて行かれた記憶もあります。

 学生運動の熱い季節が終わり、こんな山奥にも学生たちが勉強にかこつけて避暑にやって来るようになりました。学生村のような民宿があちこちに誕生し、美大生や浪人生など若い学生たちが集まっていました。彼らと年齢が近かったからか我がオンボロ借家には、学生たちが集まっては酒を酌み交わす光景が夜な夜な繰り広げられていました。そんな伏線があってか、僕が保育園に上がると両親は昼間家を留守にして、捨て石を敷き、水平をとってコンパネを組み、コンクリートを流して基礎を作る作業に没頭するようになりました。地元の大工さんに協力してもらいながら、自分たちのヒュッテを作り始めたのです。木の香りのするヒュッテが完成したのは4歳の時だったでしょうか。

 細々とヒュッテの営業が始まり、徐々に常連のお客さんが来るようになりました。ヒュッテの売りは『泊まれる居酒屋』。日々の憂さを晴らしに大人たちが夜遅くまで、両親を相手に熱く語っています。「子どもたちはもう寝なさい。ここからは大人の時間なの。」と言って8時過ぎには奥の部屋へと追いやられ、たまにトイレに立つお客さんでホールの扉が開くと、大人たちの嬌声や陽気な音楽がドーッと奥の部屋まで響いて来ます。ある時、軽快な音楽がホールから流れて来ました。なぜか電気は暗く、陽気な笑い声だけが聞こえて来ます。密かにほんの僅か隙間を空けておいた窓から息を潜めて覗き込むと、みんなでABBAの音楽に合わせて踊っているではありませんか。「大人って、大人って、不思議だー。」

 子ども連れのお客さんがみえると僕らの出番です。トランプや鬼ごっこなどをしてもてなします。傍らで色々な大人たちが、初対面にも関わらずビールを飲みながら楽しそうに談笑しています。子どもたちも、「えっ、これ僕のお父さん?」と少し戸惑った表情を浮かべています。「お酒って、お酒って、不思議だー。」

 中学になると大人の席に少しだけ加わるようになりました。お茶を啜りながら、大人たちが話す仕事、組合、恋愛、子育ての悩み、たあいのない話などなどあまり良く分からないながら、大人には色々あるのだなと思いました。どんな大人でも大人だし、「立派な」大人にならなきゃいけない訳じゃないんだという事を知り、「大人になりてー」と思いました。

 はじめてお酒を飲んだのは、中学の卒業式。以降、お客さんと一緒に僕もウヰスキーの水割りを飲みながら話に加わるようになりました。僕は沢山の大人たちと、その大人たちに酌み交わされる「酒」の中で育てて貰いました。今でも沢山の人と飲む酒も、こじんまりと飲む酒も大好きで、その当時の大人がそうであったように、楽しくもあり、つい熱く語ってしまうのでした。
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by pantherH | 2006-06-01 00:47 | Under the Sun